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![]() プロサッカーが始まる。黄金時代最後のとき。 1993年5月15日は記念すべきプロサッカーリーグの第一歩であると同時に、日産黄金時代の終焉の記念日でもあった。最後の日本リーグ、1991-92シーズンを2位で終えたものの、その年には天皇杯優勝とアジア・カップ・ウイナーズ・カップの二冠。さらに1993年も元旦に天皇杯を獲得し、史上初のアジア・カップ・ウイナーズ・カップ二連覇で同じく二冠。順風満帆のシーズンに見えたが、プロリーグは遙かに想像を超える厳しさだった。ここに紹介するのは、黄金時代の最後を飾る強者の勇姿である。 ![]() 天皇杯は宿敵・読売を二年連続で延長戦の末に破る劇勝。若き読売キラーのエース・神野は延長戦に入るとトリコロールのサポーターの大コールでフィールドへ迎え入れられた。そして、期待通りの決勝点を叩き込んだ。なお先制点は水沼のボレーシュート。その後のアジア・カップ・ウイナーズ・カップも神野の大活躍で制した。神野は絶大な人気を誇る若手のホープ。広島アジアカップでは日本代表としてベンチ入り(出場はナシ)。マリノスの代表的なコールは「横浜マリノス」ではなく「神野ゴーゴー」であり、他クラブのサポーターやウルトラスは私たちと酒場で出会うと、進んで私たちに「神野ゴーゴー」を歌ってくれた。当時スタジアムでは、誰も大太鼓を購入していなかったので「でんでん太鼓」が使用された。 ![]() 三ツ沢球技場が改装リニューアルオープンした。こけら落としは横浜ダービー。当時、マリーシアのコアメンバーはゴール真裏に陣取っていた。試合は引き分けの凡戦だったが、新しくなったホームスタジアムが嬉しかった。 ![]() リーグ開幕一週間前に行われた柏(日立台)でのプレシーズンマッチ。ついにディアスの魔法の左脚がベールを脱いでゴールネットを揺らした。時の柏サッカー場は最初のリニューアルが行われ仮設スタンドと証明塔が設置された記念試合。スタンドの前にフェンスはなく、広告看板がフィールドとの間を仕切っていたため、ディアスのゴールのときには、危うくフィールドに入ってしまいそうになった。みな日産から移籍したレナトを楽しみにしていたのだが怪我で欠場。途中出場したロペスに「おまえじゃない!」と叫ぶ一幕も。試合後、私達は期待に胸を膨らませて来週の待ち合わせの約束をした。 |