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J1リーグ 1st stage 第15節 鹿島国戦 『世界の中心でアンと叫ぶ』 これは、小さな物語だ。2002年に世界へ最も大きな衝撃を与えた男が、疑念や中傷との闘いの末、ついに本領を発揮する。その瞬間に、2年前、世界一を決めたこのスタジアムで50000人が叫ぶ。それは、私たちが久々に味わった、「追われる者の義務」からの解放の瞬間でもあった。断言しよう。決して重圧など無かった。それだけ、トリコロールのサッカーに誰もが自信を持っていたのだ。 熱き男の闘いだ。 「暑いと全体的に低調になるのは良くない傾向だと思う。今日みたいなサッカーをお客さんに見せていたら、次はスタジアムへ来てもらえなくなる。」 松田は言った。だが、本当にそうだったのだろうか。試合の進む時間は早く感じられ、あっという間にロスタイムを迎えた。シュートの数も少なくない。そして、翌日にビデオで見れば、スローペースだった前半も、ただ緩かっただけではなく、動きの工夫や美しいパスが盛り込まれて、創意溢れる魅力的な45分だった。内容に不満を持ったサポーターが何人いるというのだ。 暑い、とにかく暑い。汗が噴き出る。 ホーム側はいっぱい。それでも、人は増え続ける。アウエー側は埋まらない。ホーム側は2階席の最上段も立ち見。通路も立ち見で埋まり、通路の壁面に設置されているイスも全開。通行するのも一苦労の状況だ。 「前にダービーであったときみたいに、みんな意地でもあっち側で見ないつもりだな。」 「あっちに行けば座れるのに。」 「こっちで立って見ると、肉体的苦痛はあるけど、あっちで座って見る精神的苦痛と比べれば、まだマシってことだろう。」 鹿島国からの来日サポーターを、もっと狭いエリアに隔離すれば、マリノスサポーターは、もっと好条件で声援を送れたのだが、クラブは、そこまでは踏み込まなかったようだ。しかも、予想を大きく上回る52000人もの来場。 昨年のファーストステージ最終節とはあきらかに違う。 すっかり定着した手拍子は、試合前から激しく鳴り響き屋根に響く。コールが2階から始まる場合もある。最後の一押しを自分たちがするのだという気迫がみなぎっている。2階がこの様子なのだから1階はそうとうの緊迫感だろう。しかも1階は比べものにならないくらい暑いはず。 スタジアムナビゲーターも代わり、すっきりとした気分で試合に臨む。鹿島の応援はかすかに聞こえるが、雰囲気はホームのトリコロールのもの。この50000人の物量は何ものにも代え難い。 試合のキーは序盤の何気ないプレーだった。 振り向けば松田と想鐵がいる。ボールを背負って受けた鹿島の選手が振り向こうとすると、そこには松田と想鐵の顔。横に並んで立ちはだかる。すぐにボールを戻す。ただ立っているだけだったのだが、そのムードが圧力になりボールを戻さざるを得ない心理に。その後も、状態の悪い体制でクサビに入ろうとすれば、かなり浅い位置、例えばハーフウエーライン付近であっても、松田か中澤が、ほぼ必ず圧力をかけに行く。これによって、鹿島の素早いカウンターは封印だ。かつての鹿島ではない。トニーニョ・セレーゾの鹿島の特長は、「相手の長所を消す守備」と「素早いカウンターからの得点」、そして「職を失っちゃう危機感をはらんだ判定への抗議の記者会見」だ。この3つの特長のうちの最も危険なカウンターを封じたことで、攻撃はサイドからだけになったと言える。しかもハユマが押し込み新井場にはドリブルでの見せ場はない。 監督が誰であろうと、国民性は簡単には変わらない。最初の警告は本山。 「来た来たぁ!」 「誰だ?」 「本山だ。」 「小笠原だったらなぁ。」 「この大事な試合でちっちゃいプレーが見れたのに。」 まさか、この軽率なファールが試合を左右するとは誰も思わなかった。怖さは、やはり8番にある。10番は眼中になかったのだ。鹿島がファールしホイッスルが鳴るたびに叫ぶ。 「小笠原!抗議しろ!」 「我慢するな!文句言え!!」 「お前の気持ちは良く判る。だから抗議しろ!」 坂田が追う。ここで気づく。 中盤が一気に押し上げて高い位置でボールを奪いに行くはずだ。それがいつものトリコロールのサッカーだから。だが、動かない。 「なんで詰めないんだ!」 声が飛ぶ。だが反論が出る。 「前半は押さえないとダメだからだよ。暑いんだから。」 「32度らしいです。」 これは難しい試合だ。前節の柏戦は、夜で相手が柏であってもスタミナ切れを起こした。当然のこと、同じことを繰り返せば鹿島にはやられる。だが、慎重な試合運びをした結果で先に失点すれば、それこそ取り返しはつかない。 「競輪みたいな試合展開になっちゃいましたね。」 「気は抜けないよ。」 「前へは行けないけど、先制されたら、全てはパーだ。」 鹿島も押さえ気味だ。素早い突破はない。だが、右からのアーリークロスを何本も入れられる。逆サイドから名良橋がゴール前に来る。ペナルティーマーク付近にいた松田が行くべきだったが見えていな、。想鐵が長い距離を戻ってきて間一髪のスライディングでプレッシャーをかけ難を逃れる。松田の背後から回り道をして前を取った平瀬にヘッドを撃たれる。これも見えていない。新井場にも際どいポジションに入られる。ほころびがココにある。ポジショニングの指示が必要だ。そして簡単にクロスを入れさせてはならない。 「何本も入れさせてたら、そのうち獲られるぞ!」 「間合いを詰めろ!」 「クロスを入れさせるな!!」 坂田は常に全力だ。 控えに久保がいるからだろう。坂田だけは力の出し惜しみをする必要がない。クロスに逆反転しながらのボレーは惜しくも空振り。胸とラップか左脚のシュートか、迷ったあげくの苦肉のプレーだったのか。 「 イブラヒモビッチだったら決めたのに!」 そして、突如、前線に現れる遠藤。スローペースだとはいえ、停滞はない。バックラインのパスもムダなボール回しではない。常に好機を狙って仕掛けている。だから、緩い45分とは違うのだ。 守りも攻めも松田と中澤。 常に狙っている。振り向かせないだけではない。パスカットもドリブルをかっさらうのも、主役は松田と中沢だ。無理をしない流れの中で、ボールを奪って、もっとも効率的な仕掛けは、ボールを奪った勢いで前へ一気に進むこと。絶妙なタイミングで二人は交互に攻め上がる。そして絶妙のタイミングでの玉離れ。暑さのせいか、恐れたせいか、極端に中盤から後が深くなった鹿島の陣形もあって、中盤はノーマークで持ち上がることが出来る。ずるずる下がる鹿島守備陣を見て叫ぶ。 「撃て!中澤!!」 シュートはボテボテの正面。落胆のため息が出るが、この攻撃の積み重ねが鹿島の守備陣に迷いを作る。トリコロールはサイド攻撃だけではない。中央からもシュートに持ち込むのだ。 ジョンファンの、もったいない折り返しパス、そして、その後の見事なシュート。主役はジョンファンだ。好調だ。怖さもある。そして女性からの熱視線。 「なんでパンツの丈が短いの?」 「和司みたいだ。」 「アン様、なぜ?」 「いや、韓流に習えばジョン様でしょ。」 油断はしたくないが、どうしても、これは気になる。ともしている間に鹿島の選手が倒れる。今年からはゲームを止めるのは主審と決まっている。だから、選手には声を飛ばす。 「止めるな!」 「攻めろ!!」 だが、ボールを外に出す。見ると、倒れている選手には目もくれず、鹿島もトリコロールも、選手達は水を飲む。 「止めるなって言っちゃったけど、両チーム同意の上での休憩だったのか。」 「さすがに暑いからな。」 暫しの休息。ハーフタイムにスタンドも休む。 水を補給し、前半について振り返る。問題はない。ただ、勝負をどこでするかだ。前半はスローペース。だが、終盤には少しペースが上がる時間帯があった。鹿島の守備陣形が下がった時間だ。だがオーバーペースは危険だ。しかしそれ以上に、先制点を許してしまうのは、比較対象外の危険な状態。ペース配分は難しい。 みな、後半に爆発する準備は整っている。勝利のために、優勝のために。二階のユニフォーム着用率はいつになく高い。手にしているフラッグも多い。メッセージボードも。そして、 「石井さんの席はここね。」 と指定されている。 「え?なんで?」 「まるいさんの後ろの席からは離れないでください。」 マリーシアで一番の巨漢であるまるいたろうさんの真後ろの席であれば、万が一、また座席を転落した場合でも大事には至らないという仲間の、優勝へ向けての万全の配慮だった。 さぁ後半だ。 「ここにも馬鹿がいたとは。」 いや、馬鹿ではなく鹿の10番だ。試合の流れを決定づけるには早すぎる46分の出来事。ほんの少し早くボールに触っていようが、ゴールキーパーに向かってスライディングすれば警告がでるのは世界的には当たり前だ。 「一発?」 「いや二枚目だ。」 「一枚持ってて、あんなことやるヤツいるか?」 「いやぁ、ここにも馬鹿がいましたねぇ。」 「鹿島メルダ!!」 「ここから5分で勝負をつけなきゃいけないぞ!!」 大変なことになった。本山の退場は、もちろん有利だ。だが、猛暑の中でムダにメースダウンする危険もはらむ。 「Fマリノス!Fマリノス!Fマリノス!」 勝利への道を知っているのは奥大介。 後半に登場した司令塔は手を緩めない。もう流れは決まった、遠藤とのコンビネーションで積極的に攻め上がる。混乱する鹿島の心理状態を追い詰めるような波状攻撃。 「行ける!!」 心配はない。いつかは必ずゴールできる。フィールドにもスタンドにも、その自信が漲っているではないか。だから、シュートの度に、奥がディフェンダーをかわすたびに、ハユマが勝負をかけるたびに、万雷の拍手が鳴り響き、正しい方向にゲームを進めるトリコロールへの後押しをする。手拍子を打つ一つ一つの動作に幸せを感じる。誰にでも胸を張れるサッカーで、優勝への道を進み、鹿島を追い詰めている。このクラブを応援し続けていて本当に良かった。 大歓声がスタジアムを覆い隠す。 ゴール裏もメインスタンドもバックスタンドも、この一体になった大歓声。これこそがホームの圧力だ。それすなわち「トリコロールが更に勢いづく予告宣言」。エース久保の投入。思ったより早い時間。今期の岡田監督は見切りが早い。鹿島にさらに圧力をかけるのは登場早々に早くも久保が魅せたインパクト十分なヘッド。次のプレーには繋がらなかったが、大歓声を湧かせるのには十分すぎる。 「さぁ行け!一気に勝負をかけろ!!」 ヒートアップしたコールの合間に飛び交う激の声援が、その周囲の手拍子の音量をさらに上げる。久保がボールタッチしたのは一回。だが、ムードは弾けそうな押せ押せだ。 誰も責められないはず。なぜなら入るべくしてゴールに入るからなのだ。 高い位置でボールを奪う。素早い動き出しでフリーになる奥。ボールを渡す。ディフェンダーは3人。ドリブルで攻め上がる。間合いを詰めてこない。それはそうだ、右に久保。左にジョンファン。 「行け!」 「絶対決めろ!!」 状況をひとめ見てわかる。ここは勝負所だ。すんなりもつれず勝つとすれば、ここでの得点なのだ。 「勝負だ!!!」 「左だ!」 様々な声が飛び交う。その叫びが折り重なって、歓声となった大音量はさらに鹿島に襲いかかる。奥のドリブルが、ほんのわずかにスピードを緩め、左のジョンファンとディフェンダーの距離が空く。そこへパス。さらに、左からはドゥトラが追い抜いていく。ジョンファンは中へ切り込む、いや、ワントラップして、また簡単にボールを右に小さく押し出す、たったそれだけ。たったそれだけなのだ。スムーズに振り上げた右足がボールの外を捉え、ボールは弧を描いてゴールマウスに向かって曲がっていくようだ。歓声が沸き上がる中で、ボールが枠に吸い込まれていく軌道に乗っていくことがわかる。スローモーションで、そしてゴールマウスがはみ出してしまうような、大きな映像で目の前に見えているかのような錯覚。 そこから先は見えていない。目の前は人でいっぱいになる。右からも左からも仲間が迫ってくる。前の列は人のかたまりが左右に揺れている。少しの涙が、その揺れを滲ませ大きく見せる。ゴールなのか?いや、ゴールなのだ。叫び跳ね拳を握る。手に持っているフラッグは頭上で舞う。それぞれの叫びは、数秒の嵐を経て、一つにまとまっていく。 「ア〜ン・ジョンファン!ア〜ン・ジョンファン!」 これほど簡単にシュートとは撃てるものなのか。 手拍子の音にリミッターはない。 どこまで屋根を揺らすのか。ゴール裏から始まった歌にあわせる手拍子の音量は天井知らずだ。今度はドゥトラのクロスをジョンファンが折り返して久保が爆蹴。 「うあぁ!!」 「惜しい!!!」 ついに日韓ツートップは目覚めた。 「この試合は、この後の展開にもデカイぞ。」 「さぁ、めった撃ちしてこい!!」 まったく油断はない。隙がないのだ。追いつかれるシーンが想像できない。後半に入って、いつ攻め込まれた場面があったというのだ。新井場のオフサイドがネットを揺らした?幻のゴール?すぐに笛が鳴ったからプレーを止めただけだ。中澤は近くに迫っていたし、榎本は的確なポジショニングで距離を詰めていた。もしにオフサイドと判定がされなかったとしても、かなりの高い確率で弾き返していただろう。それ以外の鹿島の攻撃の何を思い出すことができる?後半だけを思い返せば完勝ではないか。 サイドでキープして逃げたい。だがサイドの選手がフリーになっていない。というときは、必ず頼りになる男がサイドに出ていった。試合の流れを読み、適切なタイミングと適切なスピードで最終ラインのポジションを明け渡す。松田の頭脳が、この試合の安心感を更に増す。ボールを一度受けて、他の選手がフリーになるのを確かめてボールを渡す。 試合前に胸を殴って気合いを入れていた松田と那須。そして中澤、さらには深井対策で登場した中西。河合、栗原。かつて鉄壁といわれ、それがクラブの代名詞ともなっていた井原、オスカーらの豪華なディフェンスラインがあった。だが、今、トリコロールには、このディフェンスラインが一番の売りにならないほど豪快なゴールを重ねる攻撃陣もいる。それだけではない。ユキヒコとハユマが切磋琢磨している。なんとすばらしいクラブなのだろう。 「ダレ・カンペオン!!ダレ・カンペオン!!」 「Fマリノス!Fマリノス!Fマリノス!」 「ア〜ン・ジョンファン!」 同じユニフォームを着る者が道ですれ違うたびに、無邪気な叫びは夜空にこだまする。騒ぎはエスカレートし歩道を塞ぎ警察の出動も。店内での騒ぎすぎに出入り禁止を恐れる。 そして、その夜、喧噪の新横浜で何千人もの男達は謝罪した。 謝罪の相手はアジアのスターであり誰もが認めた横浜の頼れるストライカーだ。 「みんな盛り上がってないねぇ。優勝慣れしちゃったんじゃないのぉ?」 宴会で何度も聞かれたセリフ。だが、それも少し違うのではないか。優勝は嬉しい。弾ける歓喜で歌ったし叫んだ。でも、時間が進むにつれて、なにかが心の片隅にまとわりついているような気がしてならない。そうだ、それは三ツ沢での城南戦なのだ。新聞やテレビは、今日の試合の結果を「常勝横浜」と描くだろう。だが、私たちはリーグ、天皇杯と並ぶ大きな目標を、一つ、すでに失っているのだ。だから、勝ち続けたリーグの優勝を大喜びしながらも、なぜか満足できない小さな引っかかりをもっているのだ。あの試合の手痛い逆転負けは、けっして常勝を目指すクラブがしてはならないことだった。だが、その過ちを乗り越えて、勝ち点36でリーグ連覇への中間地点には達した。そして、その先にある、来年のアジア制覇へのスタート地点に再び立つことが出来たのだ。道は続いている。今日の立て役者の一人が、迷い無く勇気ある飛び込みで10番を退場に追いやった榎本達也であるというのは、この先の長い闘いに大きな意味を刻むのかもしれない。いや、そうあってほしいと・・・ふと思った。 今日のポイント ●4バックにする前に得点。ユキヒコ出番ナシ。 ●ドゥトラが目立たないほど全体に闘志で勝利した。 ●フィールドに寄せ書き入りのフラッグを立てるほどの意気込みを見せたクラブスタッフ。 ●何人とハイタッチをしただろう。 ●ジェフ親爺に会った。 今日のお値段
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