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Bucheon 2002
2002年8月11日(日)
富川SK vs 水原三星 (富川) 19:00


今回の目的は中国の友人を訪ねることで韓国に寄るのは単に仁川の乗り継ぎがうまくいかないだけ。しかも、Kリーグの日程を調べると8月11日は試合なし。だったら、ソウルW杯スタジアムだけ見て、夜は野球でも見るかって思ってた。

ところが、8月10日(土)名古屋→ソウル(仁川)のアシアナ航空内で隣に座っていた韓国人が読んでいる現地スポーツ新聞を覗き見したところ8月11日に試合があるような記事が。早速、聞いてみたところ
ソウル近郊では、富川で富川vs水原があるとのこと!(他には安養で安養LGの試合があったが、高宗秀が見たかったし5年前に水原サポーターのホン君からユニフォームを譲ってもらった経緯があるので水原戦に決定した)

試合当日(8月11日:日)
午前中にソウルW杯スタジアムへ行ってから富川へ向かう。
昔と違って、地下鉄と国鉄が繋がったため電車に乗るのはとっても簡単で客のマナーもいい。富川総合運動場の最寄駅は、地下鉄1号線の素砂(Sosa)駅。(ソウル駅から仁川方面へ約20分)kickoffは19:00だというのに着いたのは15:00。早すぎたと思ったけど、駅前には水原サポーター10人ほどの集団が。駅からスタジアムへどうやって行くかわからなかったのでしばらくその場で座って待っていると、彼らの視線を感じる。
「あいつは何者?」「あのユニフォームはどこ?」って感じで。
(今回試合がないと思っており水原ユニは持って行っていなかったので この日はマルセイユの2ndを着ていた。)そこで、こっちから尋ねてみる
「自分は日本人で水原の試合を見に来た。」
「Kリーグ見たいんだけどここからスタジアムへはどうやって行くの?」
この一言で水原サポは大喜び!さらに
「自分は高宗秀が好きで、今日は持っていないが水原ユニを持ってる」
これでもう「一緒にスタジアムへ行って一緒に応援しよう」ということになり一緒にシャトルバスに乗ってスタジアムへ。

彼らは、「青団:chungdan」という水原のメインサポーター。
http://cafe.daum.net/chungdan
主にソウル在住者から成り、今日は50人くらいで応援するとのこと。尚、今回の日程変更は水曜の試合が大雨で中止となり今日に延期になったらしい。

その中の Oh.In Seok君と特に仲良くなりいろいろ話す。
・富川は総合運動場なので見にくく、使えないスタジアム
・その点、水原W杯スタジアムは見やすくて
 サポーターの一体感があるので是非見に来てほしい
・富川のメインサポは「ハレルヤ」で意味不明
・W杯のレッドデビルスの「タタンタタンタン、大韓民国!」コールの元は
 水原の「タタンタタンタン、水原三星!」で
 「オーーーピルスン、コリア」の元は富川らしい
・5年前に会ったホン君の話をしたが知らないとのこと
 (サポーター歴2,3年が多かった)

サポーターの基本スタイルはユニフォーム+マフラーで
背番号の人気順は
一位:やっぱり22・・・高宗秀
二位:今は柏 20・・・黄善洪
がほとんどで
次点:     14・・・徐正源
ってところ、やっぱり水原での高宗秀人気は絶大。

富川総合運動場は、席数約3万。ミニ天蚕といった感じでアウェー側にオーロラビジョンもついている。陸上競技場の全体に屋根があるので日本でいうと柏の葉の一回り大き目といったところか。チケット代は1,000ウォンでなんと!約100円。ちなみに彼らのほとんどが今回のW杯は見てないそうでその理由は「取れない」でなく「チケット代が高いから」。7000円/試合なんて大したことないと思っていたが通常100円で見てるなら高いと思うわけだと少し納得。

試合開始が近付くと応援開始。マフラーを渡されて、5年ぶりに応援をすることになる。座ったところはゴール裏の前の方でちょっと見にくい。(席はいっぱい空いてるし、メイン以外は自由席なので バックスタンドへ行きたかったが、ここは付き合いで。)
高宗秀はベンチスタート。富川はダボ(マリ)の身体能力に頼った攻撃。水原は昨年01年得点王のサンドロ(ブラジル)とポペスク(ルーマニア)に頼った攻撃で、お互い淡白な攻撃の繰り返し。しかも、ポペスクのアウトにかけたロングシュートが富川GK崔火玄の目測誤りで何故だか決まって水原先制。あまりに突然だったのでサポーターも気付かず、1テンポ遅れて大喜び!まさかの!?鹿島踊り(オブラディオブラダ)をさせられました。
その後はイエロー続出で荒れ放題の内容。高宗秀が交代出場して、盛り上ったのもつかの間意味不明の2枚目イエローでサンドロが退場になると水原サポの怒りはついに最高潮に!!!審判へのヤジ。飛び交うペットボトル。でも、後半ロスタイムにポペスクの絶妙ループが決まるとまたまた鹿島踊りで機嫌回復。
まぁこんなもんでしょうか。(その頃、日本の鹿島国では・・・と思うと・・・)

試合後はソウルのSadanまで戻ってきて、居酒屋みたいなところで当然のように飲みスタート。
「オールナイトで朝まで一緒に飲もう」と誘われたが翌日は午前から北京へ移動なので終電ギリギリまで飲んだところで泣く泣くお別れ。マフラーをもらい、水原W杯スタジアムでの再開を約束してその場を後にしたのでした。

水原サポはみんなフレンドリーでこっちが申し訳なくなるくらい、いろいろ気遣ってくれました。夕飯の弁当から飲み代までおごってくれて。お礼にOh.In Seok君に今日マリーシアマフラーを送って
「来年アジアクラブ選手権で会おう」と手紙をつけました。


  

  

Takahashi