   
ワールドカップ開催の価値
石井和裕
いよいよワールドカップ開催まで1ヶ月を切った。
Jリーグが始まるよりも前のことだったと思う。天皇杯の決勝戦の国立競技場に「2002年ワールドカップ日本開催を実現しよう。」という横幕が貼られていた。
「ふ〜ん、ワールドカップを呼ぼうとしてるんだ。でも、日本でやっても良いのかねぇ。出場したこともないのに。」
と、思った。85年の予選は惜敗(選手は完敗と言っていた)、89年の予選は惨敗。ワールドカップは遙か彼方の届かぬ夢。むしろ、もし日本が出場してしまったら、頂点の栄光に傷が付く、目標を失ってしまうのではないか、という心理すらあった。当時は、私自身、サッカー観戦のために海外へ行くことなど考えられず、ワールドカップは決して触れることのない遠い世界だ、と1人で考えていた。
今、ワールドカップを前にしてチケット争奪の連絡を取り合い、選手選考にああでもないと語り合い、好きな選手をともに声援し(嫌いな選手を束になって罵倒し)、毎日の生活の中にサッカーが、そして、遠い世界のはずだったワールドカップが染みこんでいる。
人生は短い。そして自分に与えられた時間の経過は恐ろしく早い。20歳代後半からの1分間の経過は、それまでの数倍の早さに値する。人々は、自分の時間を自分の選んだ環境の中で消費する。時が進むにつれて、それはたいてい刺激の少ない物となり、テレビを眺め、酒を飲み、横になってくつろぎ、なんとなく時間は何年も何年も過ぎてゆく。ただ家族の顔を見て平凡な人生を無事におくりたい、そう、考える人も多いだろう。
過去に遡って人生を省みて、あのときに「誰が何をした」「あれは●●の頃だ」、そう共通の指標をもって仲間と会話ができることの喜びを噛みしめている。きっと、1992年当時の私を語るときに「前半5点だマリノス!」とコールをしたのにもかかわらず敗れ大恥をかいたことを、多くの人は引用し続けるだろう。第一回ナビスコカップリーグ戦最終節、平塚でのフリューゲルス戦でのことだ。そう、1990年代前半の私は「勢い込んでいて冷静ではなかった」のだ。あの頃からスタジアムで顔を会わせている面々は、そのことを知っている。きっと、1993年の市原戦惨敗時の狼狽ぶりも、この先何年も引用されるだろう。
4年を節目に、自分の過ごした時間を振り返る。その前の4年間と比較できる。なんとありがたいことだろう。私たちの人生は4年周期で進んでいく。日本には大統領選挙はないから、4年周期の人生なんて、五輪を目指す一部のアスリートと「私たち」くらいだろう。
その「私たち」が増え続けている。ワールドカップの日韓共催を契機に仲間入りした人も多いことだろう。
「あなたは4年前にはどんな人でしたか?」
「8年前には何を考えていましたか?」
「12年前は?」
今、簡単に答えられない人も多いかもしれない。しかし、4年後、8年後、12年後には、確実に同じ質問に即答できるのではないだろうか。

   
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