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売った喧嘩と買われた喧嘩
石井和裕


大田、光州、ソウルと、韓国代表の試合を見ることになった。どの試合もエキサイティングで見応えのある、まさにワールドカップの試合だった。非常に満足な観戦旅行であった。そして、これまで1勝もしたことがなかった韓国が、ヒディングの采配の元、4強まで躍進したことは称賛に値する。

ソウルでの準決勝の試合前に、ある韓国人と話をした。
「誤審とか、いろいろ言われているけれど、イタリアもスペインも文句を言う前にゴールすれば韓国に負けることはなかったんだよ。それよりもホン・ミョンボを下げて車ドゥリを入れて、残り2分で同点に追いついたことを、もっと見てほしい。」
スペイン戦の前日に大田のロッテホテルで、ある韓国人と話をした。
「イタリアよりもスペインの方が厳しいと思う。難しい試合だ。でもボールは丸いから、どっちに転ぶかはわからないよ。」

韓国の人々も「誤審報道」のことは知っている。イタリア戦の当日こそ少なかったが翌日は「誤審」についてテレビでも盛んに報じられていた。韓国語は判らないので何を言っているかは理解できなかったが、トッティが倒れるシーンをいくつかのアングルでスロー再生し、足が交錯する場面にはマル囲みまでしていた。ナレーションがどう語ろうが、見れば怪しいことはすぐに判る。あれはファールだろう。
なにより、スタジアム内は「誤審」だと思っていた空気が強かった。あの瞬間、みな頭を抱えて息をのんだ。一瞬スタジアムは凍ったのだ。カードが出るまで、PKと思っていた人が大半だ。テレビの実況もそうだった。隣の席に座っていた韓国人の親父は、審判を野次っていた。あのアクセントからすれば、「いいのかぁ?」といった感じだ。ザンブロッタがタッチライン際で倒されてカードが出なかったシーンはスタジアムがざわめいた。みな、この試合の判定は酷く、また韓国がラッキーだったことを知っている。

今回の訪韓は、これまでの先入観を覆す出来事が沢山だった。ソウルでは買い物をするときに日本語でほとんど事足りてしまうのに、地方都市では、まったくといっていいほど通じなかったこと。礼儀正しいはずの韓国人が電車に乗るときは我先に流れ込むこと。地方には山ほどきらびやかなラブホがあること。イタリア戦で後ろの席に座った若い女性が
「韓国チームは頑張っています。でもイタリアは巧い。」
と言った。先に紹介した大田での会話もそうだが、相手国の評価を率直に日本人に話をすることも意外だった。決勝トーナメントに入ってから、通常番組はどこへ行ってしまったのだと思うくらいに、一日の大半がワールドカップの番組。朝のワイドショーからそうだ。だから、番組全体に占める相手国の戦術研究の番組は非常に少ない。それは、同じように朝のワイドショーからワールドカップが話題になるようになった日本でも同様だろう。しかし、韓国でも得点シーンや失点シーンは解説入りで繰り返し放送されるし、なにより地上波で韓国戦の前日には、相手国のこれまでの試合がフルタイム再放送されるのだから、韓国人が相手国のサッカーを知っていても当たり前とも言えるか。まあ、その理解の程度は私にも判らないが。

韓国の人々は、日本人にとても友好的で一緒に記念撮影を撮ったり、マリノスのユニフォームを見ればコールが起こり、ソウルでは太鼓まで使って応援歌を歌い始めるサポーター達もいた。マフラーを売ってくれと、何人もの人に頼まれた。ユ・サンチョルが所属していたことを喋り始める人もいた。BS1とBS2が見れるのだから、Jリーグのことも良く知っている。
政治的な問題が起きると日の丸を焼いてしまうようなことも起きる韓国。でも、一般に反日ではない。日本は近くて目標で憧れの国でもあるのだ。でなければ、法律で禁止されているはずの日本語のCDがミョンドンの露天で大音響で流しながら売られることはないし、テレビでドラエモンを見ることもない。携帯電話の会社が販促キャラクターにクレヨンしんちゃんを起用することもないからだ。だが、それらは極々普通にまちなかに現実に存在する。

韓国から帰国して、すぐに埼玉の準決勝に行った。一次リーグの時は、あれほど不親切に感じたボランティア達の誘導や案内表示がとても親切に思えた。浦和美園への道のりも遠く感じられなかった。あのときは、あれほど酷評したのに。
韓国のスタジアムは素晴らしい観戦環境だ。傾斜はきつくてフィールドも近い。ただ、スタンドの外はかなりずさんだ。前もって覚悟を決めていった私でさえも驚かされた。日本の恵まれた環境を期待して観戦に行った人は、もしかすると「自分は親切にされていないのではないだろうか?」と感じたかもしれない。大田での観戦後、まさかの勝利の歓声と天に広がる花火の轟音の下で、沢山の日本人は路頭に迷った。シャトルバス乗り場が判らない。スタジアム前の乗り場のタクシーは「ソウルまでしか行かない。」と全ての車が結託している。だが、これは日本人だけではない。他の外国人も、韓国人もとまどっていた。そして言葉が通じない。
「ユソン温泉までのシャトルバスはこっちで良いですか?」
私は、イタリアのクラブのユニフォームを着た日本からのグループ客に不意に聞かれた。
「いや、もうかなり歩いちゃっているから、このまま歩けば1キロくらいでユソン温泉に着いちゃいますよ。」
「え?いや、ユソン温泉までのシャトルバスの乗り場を聞いたんだけど、あっちだ、こっちだっていろいろ聞くたびに言われて。」
彼らは韓国人に嫌がらせを受けたと思ったかもしれない。でも、もしかすると「ユソン温泉までのシャトルバス」と「ユソン温泉まで」とを勘違いされたのかもしれない。そしてなにより、韓国人達もシャトルバス乗り場やゲートの位置を良く知らないのだ。シャトルバス乗り場には、ハッキリとした表記がない。もちろん英語や日本語の案内表記は街頭にはほとんどない。ボランティアにも情報は行き届いていない。ソウルでは案内されたゲートはVIPゲートで、一般客は入場できなかった。次から次へと人がやってきて、そこで引き返す。日本人だけではない。元韓国代表のコ・ジョンウォンまでもがVIPゲートの前で引き返していた。
こんなことだから、不親切にされたと感じて憤慨している日本人が多数いることも考えられる。

誤審はあった。でも、なぜ、「嫌な思いを韓国でした」といったことが、今回は、こんなカタチで韓国への不満がネット上で爆発しているのだろう。ネット人口が増えた、匿名型の掲示板が普及した、そんな環境の変化も一因だろう。でも4年前には8,000人もの日本人が一斉にワールドカップ予選の応援のためにソウルへ渡った。直接対決だったのに、そのような不満は、全くといっていいほど聞こえては来なかった。

私はイタリアTST-6Cで韓国へ渡った。そこで驚いた。イタリアTSTの7割くらいは日本人だった。大田スタジアムにイタリア人は、ほんのわずかしかいなかった。イタリア応援のブロックは3つくらいあったが、それぞれの大半を日本人が占めていた。その大半は女性だった。それは異様な光景だ。承知の通り韓国では価格の問題もあってチケットの売れ行きは悪かった。しかし韓国がトーナメントに進出すると、その試合は奪い合いのプラチナチケットになった。手に入りにくい、そして高価なチケット。でもなぜか、その日に敗退した日本人が集団でチケットを持っている。しかも共催関係の日本人でありながら、韓国の敵であるイタリアの応援ファッションに身を包み「イ〜タリア!イ〜タリア!」と叫んでいる。
韓国では外国からの来訪者は伝統に従い手厚くもてなす。ワールドカップでも同様。準決勝では、試合直前にコールを始めたドイツサポーターに対して、周囲の席の韓国人から拍手が起きたくらいだ。ところが、イタリアTSTを持ってスタジアムにやってきた私の目にも、この光景は異様に映った。
「これは嫌がらせにしか見えない。」
そう思った。残念ながら、この「イ〜タリア!イ〜タリア!」と叫んでいた日本人が、周囲の韓国人から親切にされたとは思えない。その集団に属していなくても、イタリア代表のユニフォームに身を包んでスタジアムの席に位置し、イタリアの攻撃に歓声を上げ韓国のボディコンタクトを批判する声を上げた日本人が周囲の韓国人から親切にされたとは思えない。その場は、どうみても、他の「イタリアを応援するために韓国を訪問してくれたイタリア人」とは扱いが違ったはずだ。ワールドカップは祭典で戦争ではないが、単なるお祭りを超えた、個々のアイデンティティーの確認場所でもあるのだから。まして、日本人と韓国人。
もし、彼らイタリア応援の日本人が、韓国での旅行体験をきっかけに韓国嫌いになってしまい、残りのチケットを現地で売って途中帰国したのならば、それは残念ながら、「自らが売った喧嘩を買われて負けてた」のだと思う。開催国と関係ない国同士の試合ならともかく、開催国の相手国を応援するのならば、楽しい旅行にはならないかもしれないことは想像がつく。だから、もし、そういうことであったのならば「読みが甘かった」のだ。残念だが、そう思ってしまう。もし宮城でのトルコ戦に赤い服を着た韓国人の集団がスタンドの一角を陣取ってトルコの応援コールを連呼したとしたら、あなたはどう思うだろう。
そして、ただ日本代表のユニフォームを着ていっただけなのに、そのとばっちりを受けた人もいるかもしれないし、まったく何の心当たりもないという人もいるかもしれない。それは、もうお気の毒だったとしか言いようがない。ただ、日本人を含む多くの外国人達は、真っ赤なスタンドに身を委ねていた。目が合えば挨拶のように「テーハミングック!ぱぱんぱぱんぱん!」と挨拶のように言い(もう、これはブームで挨拶のようなものだから、不意にスタンドで大きく響いてしまったりもしたのだろう。日本でもニッポンと叫ぶ外国人は多かったしね。)店での会計の後には「コリア・ファイティング!」と、合い言葉のように言い、光州では違う色の服を着た外国人に「着てくれませんか?」と頼まれた赤いBe the REDS !のTシャツに袖を通し、また自ら購入した人も多かった。それはワールドカップを楽しむ旅行術だったのだが。

でも、本当は、そのような現場でのアクシデントは希であって、これは日本よりも先へ進んでしまった韓国へのジェラシーが変な方向で炸裂しただけなんじゃないかと思っている(イタリア敗退後も準決勝で観戦したイタリアTSTの日本人も多かった。彼らは前述したような心配なしワールドカップが楽しめたのだと思う。)。日本人は何につけても韓国よりも上でいて当たり前だと思っている。だから、下の立場になってしまうと、なにか理由を付けて貶めようとする。理由はなんでもいいのだ。そんな面が見えてしまった。逆に、韓国人は常に日本を追い越したいと思っている。だから、日本の敗退を聞いて拍手した人が出た。集団の場であれば、それが大きく広がることもある。中には花火を打ち上げる人もいただろう。

お互いに足を引っ張るなんてもったいない。日本も韓国もベスト16に残った。立派な成績だ。韓国はベスト4だ。でも、それを「誤審があったから」なんて印象づけられたら、アジア枠が減らされる格好の材料にされるかもしれない。今回の誤審騒動で得をしたのは韓国?いや、彼らは様々な問題と今後闘わなければならない。ドイツ大会ではマークが厳しくなるだろう。たぶん最も得したのはパヌッチとトラバットーニじゃないだろうか。