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「今」のド真ん中にある想い出
BOTE


このW杯で最も大事にしていたことは「聞く耳を持つ」ってことでした。聞くと言うことは自分に自信があるという裏返しでもあると言うことも気が付きました。そして常に自分の目と耳で見聞きした何かを通して、何かを知るという知恵もつきました。

神戸のR16ブラジルVSベルギー戦で、中国代表の監督ボラと同宿でした。ロビーで顔を合わせたときに思い切って話しかけてみました。
「日本の監督になって下さい!」
ボラは、にっこりと笑いながら、私に握手を求めました。

埼玉での準決勝で隣の座席にはブラジル人サポーターが大勢いました。国家を歌うときにいきなり怒られました。
・・・こうやって、胸に手を当てて歌うんだよ!!!・・・
ひとりで来ているブラジル人に声をかけて、こっちへ来いよと連れてくる。おかげで我が家の列は、ギュウギュウ詰め。ずっと歌っているおじさんとお姉ちゃん。試合が終わるとたくさんのブラジル人から握手を求められた。

駐車場行きのバスの中でずっと歓喜の歌を歌い続けるブラジル人ふたり。エンジンがかかり出すと突然、リズム良く、私達に「ウラワ、ステーション?!」・・・えっ・・・固まる我が家は・・・違うよ、駐車場行きだよ!しかも最終バスだよ!・・・歌を辞めてパニックのブラジル人ふたり。
「ストップ、ストップ!プリーズ、ドライバー、プリーズプリーズ!ストップ!ドライビング ストップ!!!・・・」
・・・なんていう英語で叫んでいるんだ私は・・・しかも運転手さんは「西武バス」のバリバリの日本人なのに(笑)急いで降りるときにブラジル人ふたりは私達に「サンキュー」と握手を求める。

韓国入りをする前にたくさんの記事を目にした。韓国対イタリア戦についてだ。愛国心など持ち合わせない私でも、2年に一度(W杯とオリンピック)、私は日本人なんだとつくづく思う。日本で生まれ育ったことを意識する。ソウル入りした日がちょうどスペイン戦の日だった。ネットでニュース速報を読んでいると韓国の事がかなり偏った書き方をされている。私は、戦争体験者ではないし、政治家でもないので、日韓の今までの出来事を語ったり、政治的な出来事を語る「言の葉」は持っていない。ただ私の体験した出来事、自分の目で見て、耳で聞いた事だけしか語れない。
記事を読んでいるとふっと疑問になった事がある。サッカーでの試合内容がその国の国民全員の事とイコールするのだろうか?日本にもいい人、悪い人、親切な人、冷たい人などが居る。それは韓国も、そして今まで行った国すべての国で体験した。一派一絡げでその国の人達を見て良いのだろうか?

新潟でお婆さんがアルゼンチユニを「着ている」外国人というだけで110番した。笑い話のひとつで受け取っていた私だったけれど、警官に囲まれた彼は日本の事をどう思ったのだろうか?
札幌のススキノの店に「ジャパニーズオンリー」と書かれた紙が貼られていた。
これは人種差別には当たらないのだろうか?
イングランドユニを着た外人男性を見ると「フーリガン」と指差していた人を見た。
この人は、日本人の代弁者なのだろうか?

韓国選手がラフプレーばかりと書かれた記事を目にした。マリノスの選手が同じようにすると私は「ナイスファイト・ガッツあるプレー」と言い放ち、クズダイヤの選手がそういうプレーをすると汚い奴等となじっている。思い入れのあるチームがあると自然とそういう感情が出てくるものだと思っている。
韓国サポーターの応援が宗教じみていて怖い。大きな声で恐ろしいと聞いた。私はソウルで生で聞いたとき「97年最終予選の時、国立での朝日君達の応援の声のが大きかったぞ。なんだ、韓国の応援声はこんなものか」と思った。百聞は一見に如かずだ。

ソウルでの準決勝戦を観戦後、街中・ミョンドンに石井さん達と遅い夕食をとる。隣のテーブルには若いカップルが座っている。店の人に灰皿を頼んだ旦那様。食べ終わっても持ってきてもらえなかった。我慢できずに、隣のカップルが帰ったのを見届けて、灰皿を拝借する。しばらくすると水を片手にそのカップルが戻ってきた。慌てて灰皿を返そうとする旦那様に対して「どうぞ、どうぞ」と彼は灰皿を受け取らない。

帰国の準備があるので早々に帰ろうとすると隣のテーブルの彼が私をじっと見つめる。その視線を受けて私はいぶしげに「WHAT?」と声をかけると「Japan?」と・・・完全にカタカナ英語での心のキャッチボールが始まる。「イエス」というと彼は「あ〜、う〜・・・YOKOHAMA・・・あ〜、wanted・・・go to あぁ〜」そして頭を抱えて続けて「え〜・・・came well・・・う〜ん・・・to korea」
あ〜あというと髪の毛を掻きむしりだして考え込む。・・・韓国によく来てくれました・・・横浜に行きたかったです・・・一生懸命に私に伝えようとする真摯な彼の姿を見て私はもう頭がパニックになってしまった。
何に対してなのだか分からず、ただ胸の奥が熱くなり私のしたことと言えば、後ろを振り返り友人に助けを求めるだけだった。その後は彼女が聞き取ってくれて・・・私はただ涙を抑えることだけ。私が右手を差し出して握手を求めたとき、彼は立ち上がって両手で私の右手を包み込んでくれました。彼の連れの女性はニガ笑いをして、友人は優しく笑って見届けてくれてました。ほんの数分数秒の事でしたが私にはもの凄く記憶に残る瞬間だった。
・・・共催できて良かった。嬉しかった・・・って彼は言っていたよ。
友人が私に伝えてくれる。涙が止まらない。

店の外に出ると石井さんと旦那様が見知らぬ韓国人の人達と「ニッポン」コールをしている。石井さんが興奮して「この人達、韓国が勝てなくて済みませんって謝るんだよ」と・・・
そこのコンビニでアイスキャンディーを買ってきてくれて、見知らぬ日本人である私達4人にも分けてくれる。私は、韓国入りしてから体調を崩していたので冷たいものは食べられないし、アイスキャンディーは嫌いなんだよぉ〜なのにアイスの棒を握りしめながら涙が止まらない。泣き出すと止まらない私のそばにずっと旦那様が付き添ってくれる。
石井さんが私達のためにタクシーを止めてくれて、ホテルに戻る。部屋でアイスキャンディーを食べると「まずい」
なのに何故か熱い涙がまた溢れてくる。こんなにも価値のあるアイスを食べたことがない。

このW杯でたくさんの外国人と握手をしてきた。そしてソウル滞在の最後の夜、私は大切な二度と会うことのないであろう友人の両の手で包み込んでもらえた。
・・・思い出した。イタリア・トリノで10日間ほど滞在したとき、仲良くなったユーベサポのオヤジに明日、ミラノに戻ると伝えると涙を流して私を抱きしめ、そして私の右手を両の手で包んでくれた。そうだ、あの時、イタリア語を覚えて、親父さんとアクション会話ではなくちゃんと日常会話が出来るようになろうと思ったんだっけ・・・あの時も温かい心のこもった両の手で包み込んでくれたんだ!

ソウルの街中で韓国の人達の中に入らなければ、味わうことのなかった感情。なにものにも代え難い想いを手に入れた。その場で体験しなければ分からない感情。この思いは私だけのもの!

人々にニュースを伝えるペンを持つ人達は、この大移動で忙しいW杯で、どれだけ街の日常風景に触れたのだろうか?

最近、言葉に表現できない感情が増えてきた。色々な事が重なり合って、言葉にすることが難しい。うまく伝えられない。言葉にするとそれだけになってしまいそうで。ただ今回、分かったことは、このW杯を日本で開催してくれたおかげで世界中の人達と簡単に握手が出来たこと。共催してくれたおかげで、韓国の人達とぎくしゃくしながらも、思いやりの溢れる関係がいつまでも続けられることを実感した。

ありがとう、2002年W杯!!!