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敗戦を見る価値
寺山功


誰でも素晴らしい内容や勝利を期待して観戦した試合で、凡戦や敗戦となってしまったら悔しいし、スタジアムに行かなければ良かったと思うだろう。それがひどい負け方であればなおさらで、我々の”査定”ではマイナスの評価がついたりすることもある。行って損をした、という感想だ。
しかしそれだけ悔しい思いをした試合というのは、年月が経つと不思議と価値が高まる。試合直後はゴミ試合といった印象だが、それは徐々に肥やしとなり、さらには熟成されたサッカーファンとしての土壌になる。凡戦敗戦をどれだけ見てきたかでファンとしての価値も上がるのだ。まず、「あの試合はひどかった」という思い出話に花が咲くし、何より次に勝った時の喜びが大きい。敗戦なくして勝利の味はないのだ。

私の思い出に残る負け試合としては、92年ゼロックスチャンピオンズカップの対トヨタ戦(国立)。大敗ではなかったが、当然勝てるはずの相手に全くマリノス(日産)の選手にやる気が感じられず、怒り心頭に達してしまった。あんなに切れたのは後にも先にもない。持っていた日産のフラッグでいろんな物に八つ当たりして、柄が曲がってしまった。帰り道フラッグをずるずるとひきずって汚れてしまった。そんなフラッグは今でも家にあり、それを見るとあの時は若かったなぁと思ってしまう。その他では92年ナビスコ最終節のフリューゲルス戦(平塚)やJ開幕後、井原の自殺点を含む0−5のジェフ戦(三ツ沢)。これらは今でもマリーシア内で語り草の試合である。
しかし、これらの敗戦を生観戦したというのは、今ではある種のステイタスになっていることに気付くだろう。日本代表でいえば、85年W杯予選の韓国戦や、ドーハの悲劇(引き分けだが)などがそれに当たる。ビッグゲームでの敗戦はショックも大きいが、年月が経つとその経験は大きな価値を持つのだ。もちろんその後日本がW杯に出られたから、という事実が大きいことは言うまでもない。。

しかしそんな事を言う私も矛盾するようだが、負け試合を見るのはもちろん嫌だ。スタジアムに行った試合では必ず勝って欲しいと思っているし、逆に見に行けなかった試合は別に負けてもいいやと思うことさえある。くだらない敗戦は”茶番”と呼んで、早く忘れようとする。しかし後になってから、その敗戦を見たことにも意味があったのだなと思う訳だ。

最近の大きな茶番試合は2000年チャンピオンシップの第2戦、対鹿島。これは生観戦した方も多いだろう。あまりに悔しすぎて、まだ傷が癒えていなくて、とても思い出に残るなどと言えるような試合ではない。この敗戦を見たことに価値が出るのは、リベンジを果たした時。昨期鹿島スタジアムの久保のハットトリックで溜飲を下げた人もいるだろうが、欲しくて欲しくて仕方がない天皇杯において、惨敗を喫した相手もやはり鹿島。ビックマッチで3−0以上で勝った時にはじめて、それらの敗戦を振り返ることができるのだろう。その時まで悔しい思いは忘れようと思っても忘れられない。