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アジアの中の日本
石井和裕


日本人は、どうも「アジアの中にある日本」という印象が薄いらしい。「アジア旅行」とか「アジア系」とか、日本はアジアの外であって、アジア各国よりも欧米と近いことを自任するかのような表現が多い。スポーツの世界で、代表的なところで五輪選手選考や予選となると、世界中の選手や代表チームが横並びでタイムなどの成績を競うことが多い。標準タイムを超えたかどうかとか、ワールドカップで5位以内なら五輪に出られるとか。アジアの中の争いも「打倒・韓国」だったり「打倒・中国」だったり。
しかし、サッカーに於いては、「アジアの中の日本」を強く意識しなければならない。しかも、かつて日本は、アジアの中でも地位の低い国だったのだ。イタリアワールドカップ予選ではインドネシアと香港にはアウエーで引き分け。解説の松本育夫は「アウエーですし、良しとしましょう。」と語っている(香港にはホームでも引き分けた)。アジアの中での地位向上が日本サッカーの歴史だった。だからインターナショナルな交流が活発なサッカーファンは、サッカーに無関心な日本人よりもアジア事情に詳しい。ウズベキスタン、カザフスタン、UAE、カタール、といった国をサッカーが教えてくれた。新聞報道ではわからない韓国の人々の日本を見る眼差しも理解した。

1992-93年のアジア・カップウイナーズ・カップでは、ベトナムのクオンナム・ダナンの控え選手達が、パーカーを頭からかぶり、タオルを口にくわえて身体を振るわせていた。「こんなに寒いところで試合をしたことがない」のだそうだ。ピルジーとの決勝戦のアウエーゲームは大雪で延期になった。イランで、それほどの大雪が降ることは知らなかった。そして、あの決勝戦ホームでは6000人のイラン人が国立に大集結した。意外といい人ばかりで、みな日本語が堪能だった。

2004年はアジアチャンピオンズリーグにトリコロールが出場する。初戦のベトナムでの試合に応援に行った仲間達7名のレポートを見ると、新聞でもテレビでも、もちろん地理の教科書でも教えてくれないリアルなベトナムが見えてくる。きっと、現地に行った7名は、私たちが彼らのwebや土産話で知る印象とも、本当は違う、よりリアルなベトナムを知っている。
教科書通りに教えられる世の中はつまらない。ムダな知識ブームは、日本人が生々しい世の中の流れを欲しているからだ。ムダが生じるのには理由がある。そこに関わった人々の生き方があるからムダが生じるのだ。ムダを知ることで土地に生きる人が見える。
アジアのカップ戦は東南アジアでは観客動員が昔から良い。地元の人々が大挙して応援に駆けつける。彼らは、外国からやってくるクラブを通じて、その遠くの国や、そこに生きる人々を知りたいからだ。
私たちは、現地に行った7名を通して、ベトナムのこととベトナム人が見る日本のことを少し知った。アジアチャンピオンズリーグにはJリーグにはない魅力がたくさん詰まっている。