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昼のアンバランスな感覚
石井和裕


東京都港区。麻布十番は路線図から縁遠い街。最寄りの地下鉄の駅から20分以上も歩かなければならない。そのせいか六本木から程近いにも関わらず、落ち着いたたたずまいを残している。江戸時代は仙台藩をはじめとする武家屋敷の跡地に当たる、この静かな住宅街の中にレストラン「ユーキ・マーレ」はある。白壁の細長い建物。入り口から踏み込むと、そこは気持ちのいい正円形の吹き抜け。天窓から自然石を敷き詰めた床に、夏の白い日ざしが降ってくる。本来なら茶色がかったグレーの床が、壁の色と、その差がないくらいに眩しく見える。

店内に進むと、お昼時だけにざわざわと、それでいて程よいボリュームで話声が聞こえてくる。7割くらいの座席は埋まっている。最初に目にとまったのは濃紺のTシャツにブラックのパンツの女性。アップにして覗くうなじもむらなく、程よく夏色に日焼けしている。ひとり。外国人のカップル。麻布十番周辺は大使館や外資系の企業も多い。外国人同士や日本人と外国人のカップルが昼間からラブラブというのも珍しくない。音楽関係者。ビデオ編集スタジオや音声収録スタジオが数多くある。30歳代なのにTシャツにヒゲつら。仕事の会話か夜遊びの会話。

それに、私の勤務先のデザイナーとプランナー。こうしてみると、このエリアには様々な人種がいるものだ、と感心する。特にこの店に密度濃く集まったというわけではない。さて、このレストラン「ユーキ・マーレ」は洋風の内外装の反面、オーナーが八丈島に漁船を持っている、旨い魚を食わせてくれる店だ。船の名前は、たしか、「ゆうき丸」だったか。鰹と鰺の海鮮どんぶりは特にお勧めだ。生姜の使い方が実に絶妙なのだ。だが、今日の注文はマグロのステーキ。洋皿に乗せられた、ワサビ風味の柔らかなソースをつけて食べる。夏の暑さに優しいぴりりとした微かなワサビの味覚が昼のひとときに気持ちを和ませてくれる。

おや、先ほどの濃紺のTシャツの女性が席を立つようだ。上品な仕種が、彼女の家族は代々この地で暮らしているのではないか、と私に自然に想像させる。正円形の吹き抜けに進み、夏の白い日ざしに照らされた彼女の背中に鮮やかに「UENO 6」の文字が白と赤でプリントされていた。