   
憎まれ役としてのプロフェッショナル。
石井和裕
かつて日産は読売に負けることがなかった。それはJリーグになっても変わらず、Jリーグでの『不敗神話』元祖である。その頃の、読売キラーといえば神野。不思議と活躍した。93年元旦の見事なゴールは今でも語りぐさだ。対して読売側には、それに値する選手はいない。しかし、イヤな選手といえば、やはり武田だった。辛くも勝った試合でも、武田にやられた記憶が多い。『不敗神話』が始まる直前の試合、その試合はルーキーだった武田が、らしいごっつぁんゴールで日産を下した。あれはオフサイドだった、私は今でも思っている。そんな武田がマリノスサポーターの怒りを買ったのは、連勝を止めたゴール、そして、ペナルティエリア内で小村にバックチャージしてボールを奪って蹴り込んだゴールの二つだ。憎らしいほどゴール前のチャンスに顔を出す。そんな憎まれる嗅覚を持ったプレーが武田の持ち味だった。
高校時代からのスター性、甘いルックス、反面、代表ではてんでダメ。それらが相まって、各クラブのサポーターは武田を嫌った。浦和サポーターの作った『薄汚れた緑のでくの坊、読売の武田』の唄はスタジアムでブームだった。その武田は、磐田、市原、そしてパラグアイを転々とし、読売に帰ってきた。なぜか嬉しかった。そういえば、知らぬ間に、エキシビションゲームに登場するカズにも声援と拍手を贈っていた。
2001年Jリーグ開幕戦東京ダービーで武田は活躍した。新スタジアム効果もあって、マリノス戦がないときに読売の試合を見る機会が増えた。その時に仲間を誘う言葉は
「武田を見に行こうぜ。」
10年来の憎まれ役は、なぜか親近感を持つプレイヤーになっていた。
「いやぁ、この前、鹿島と読売の試合を見に行ったんだけどよぉ、武田応援しちまったよ。『頑張れ!武田!決めろぉ!!』ってさ。」
「ひぇ〜時代は変わりましたねぇ。でも、応援しちゃうよなぁ。」
「そりゃそうだよ。だって、頑張ってるもん。」
マリノスから読売に移籍した三浦アツが、心ないマリノスサポータからのいたずら手紙を受け取ったと、「悲しい」と自分のwebでコメントを書いていた。『お前を許さない』などと手紙を書く神経も疑うが、それを、自ら取り上げて『Fマリノスも好きだ』と心境を漏らのも彼らしい。だが、彼自身にも彼のプレイにも物足りなさを感じる。
振り返ってみれば、武田のいない読売戦はつまらなかったのだ。

   
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