   
8年前の写真
石井和裕
「石井さんですよね。」
2000年7月。国立競技場のゴール裏で私は呼び止められた。相手の男性は見覚えのない顔だった。私はスタジアムでたくさんの人と話をする。ホームゲームの度にスタジアムに通うようになって8年。最初に、ここ国立競技場で日産FCの試合を見てから、すでに16年が経っている。毎週のように見かける顔もあれば、いかにも今日がスタジアムデビューという顔もいる。彼の顔には、正直言って見覚えがなかった。
「はい、そうですけど。」
その誰だかわからない男性に、私は答えた。
「実は、ずっと渡そうと思ってたんですけど、機会がなくて渡せなかったものがあるんですよ。」
その切り出しなら、その渡せなかったものは、まず間違えなく写真だ。その日も、彼の手で包みが開かれて晴れた日の夕方のスタジアムの写真が目の前に現れた。
その空の青さには記憶があった。ピルジィ戦だ。アジア・カップウイナーズ・カップ決勝戦。イラン人が約6000人集結。劣勢の中、試合終了直前に、その試合でマリノスを去ることが決まっていた、元ブラジル代表のストライカー、レナトのスーパーボレーシュートで引き分けに持ち込んだ思い出の試合だ。
まぁ、これだけ、毎試合のようにホームゲームに来ていて、やっと8年ぶりに写真を受け取ったというのも妙な話だが、それ以上に、目立たないがずっとスタジアムに通って好きなチームを応援し続けている人がたくさんいるということを再認識させられた。スタジアムで話をする人の中には、私よりもずっと年輩の方もいる。話せば、かなり前から三ッ沢の近くに住んでいるという方。昔は日産よりも古河の試合が多かったので、古河の試合のほうがよく見ているらしい。日産自動車の工場に勤務している方。日産自動車時代から、もちろん一筋に応援しているそうだ。ゴール裏の端で、バックスタンドで、精いっぱいの声援を選手に送っている。
「サポーターってなんだろう?」という質問を聞く場合がある。ゴール裏で立って歌って応援している方、それも美しい。しかし、スタジアムには、応援の先輩方は数え切れないほどいる。

  
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