message
マリーシア・フットボールコラム

予選の魔術と水沼貴史の勇姿  石井和裕

どんなシチュエーションだったかは忘れた。だが、1998年フランスワールドカップの頃だったと思う。
「ワールドカップは本戦じゃなくて予選が好きなんだよ。」
ジョホールバルでの決戦の後、日本代表は、ついにワールドカップの舞台へ足を踏み込む。そして、次回開催は開催国として予選免除。好きな予選を味わうには約8年間を待たなければならなかった。

マリーシアの古参メンバーが昔の試合を語るとき、忘れられない試合として筆頭に挙げられる日本代表の試合は1989年6月4日の北朝鮮戦だ。長嶋茂雄が「へい!カール!!」と叫んだ世界陸上の開催を控えて大改装が行われていた国立競技場は、芝生が剥がれ赤茶色の土がむき出しに砂埃を舞い上げ、千駄ヶ谷門側のゴール裏は立入禁止。電光掲示板も改修中の有様。「赤いユニフォーム」横山全日本冬の時代に集まった大観衆の息づかいが決戦の異様なムードが厳しい試合を予感させた。

入場には厳しい警察のチェックを通る必要がある。そして、青山門から真っ直ぐにスタンドへ出ると、そこは北朝鮮国旗のマスゲームのど真ん中だった。ブラスバンドは聞き慣れないマーチを演奏し、大きく振られる北朝鮮国旗。日本のホームゲームでありながら半分は北朝鮮の応援団だった(1985年のワールドカップ予選、神戸ユニバーシアード大会の試合は日本人の方が明らかに少なかったから、この試合は、まだマシだった)。バックスタンドの中央やや青山門よりは完全に北朝鮮エリア。バックスタンドの通路よりも前は大半が朝鮮学校の学生達。日本人は上段とメインスタンドを締める。だが、バックスタンドの中央部に陣取る日本サッカー狂会(後藤建生氏らが所属していたサポータークラブ)が通路から下に飛び出すカタチで小さな最前線を形成していた。入場の厳しいチェックとは裏腹に、スタンド内の両国を隔離する警官の姿はなかった。

試合が始まると、前列で振られる北朝鮮国旗に視界が遮断される。上段の日本人からの「見えない!」の声と、下からの「うるせぇ!」の声が交錯。緊迫感は、ますます高まっていく。だが、試合は予想通り、圧倒的な北朝鮮ペース。日本は同組のインドネシア、香港と同格。北朝鮮は完全に格上扱いだった。NHK解説者の松本育夫は「インドネシアと香港に引き分け。アウエーだから、良しとしましょう。」と語っていた。勢いを増すスタンド下段。悲鳴を上げる上段。そして北朝鮮の先制。沈黙する上段。

1985年の北朝鮮には、同じ国立競技場で勝っている。だが、それは水たまりに止まったボールを原が蹴り込んだ「ヘディングの原が足で決めました!」という幸運なゴールによるものだった。誰もが、当時も実力は北朝鮮が上回っていたのでは、という不安を抱えていた。
その不安をかき消す出来事は突然に起きた。水沼のボレーによるロングシュートがクロスバーを叩いたのだ。
「追いつくチャンスはある!」
キモチを変える一撃の直後に前半は終了する。

ハーフタイムに小競り合いが起きる。日の丸を持ってスタンドを回ろうとする日本サッカー狂会のメンバーと北朝鮮応援団が衝突。国旗と国旗でのチャンバラ騒ぎ。試合が始まり一旦は収まる。後半も北朝鮮が主導権を握るが、日本も反撃。左から駆け上がった佐々木が一世一代のクロス。走り込んできた水沼はスライディングしながらボレーシュートを放ち、まさに北朝鮮ゴールに同点ゴールを突き刺した。右手の拳を天に突き上げフィールドを駆ける水沼。赤いユニフォームの背中には背番号8。スタンドの上段は沸き立ち下段の顔は上段を見上げていた。水沼が日本を救った。熱い心を持った貴公子がホームの勢いを、やっと国立競技場にもたらしたのだ。

その勢いからだろう。ある有名サポーターの暴言と、湘南の超人の突入などが導火線に火を着けて、遂に上下段は激突する。各所で大乱闘が起こりスタンドは騒然。ビデオを見ると、バックスタンドの観客が皆、スタンド上段を見上げている時間がある。もう、試合を見ることも応援することもできない状態だった。顔を腫らす者、巻き込まれて頭から血が噴き出す子供、泣き叫ぶ声。本来のスタジアムにはあってはならない光景は、日本青年館前に待機していた機動隊の突入によって、強制的にうち消された。再び試合の光景が戻る。

日本は逆転する。吉田のヘッドに見えたが自殺点だった。魂が震える逆転劇。上段の勇者は下段に向かって力強い拳を見せつけた。わき上がる万歳。だが、NHKアナウンサーの山本浩は、こう実況した「万歳はまだ早い!」。殺伐としたムードに、彼はフィールド上の実況ではなく勝利のためへのメッセージを口走ったのだ。ワールドカップ予選の魔術は、スタジアムにいる全ての人を惑わせる。

北朝鮮とのホームに勝利し、西が丘ではインドネシアを撃破。しかし、神戸ユニバでの香港戦に引き分け、絶望的な状況でのアウエーの北朝鮮戦を迎える。だがワールドカップ予選の魔術は終わっていなかった。160試合観戦の男・久保田さんは、会社で部下全員にテレフォンカードを配った。
「度数が終わるまで電話し続けろ。」
NHKは多数の視聴者からのご要望のお電話が殺到したことにより、異例の平壌からの中継放送を実現した。

日本人が北朝鮮戦に燃えるのは、政治的緊張だけではない。あの緊迫したスタンドの状況、そして、屈辱的な一次リーグ敗退の苦い思い出が、そうさせるのだ。子供の頭から血が噴き出す様は二度と見たくはないが、絶体絶命の場面を乗り越えた共通体験は、その後の仲間の絆を堅いモノにした。4年後にJリーグが開幕。それまで、見知らぬ者同士だった日産ファンは、1989年6月4日に国立競技場の何処で何をしていたのかを告白した。そして、あの日、真っ赤に輝いていた水沼貴史の活躍を語り合った。それは、16年経った今でも変わらない。酒を飲み1989年6月4日を語り合う男の目には、いつの時代でも、底知れぬ怪しい輝きが灯っている。



confidential 秘密 message 伝言 photo&movies reference 参考 witness 目撃
scandal 醜聞 legend 伝説 classics 古典 index LINK