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マリーシア・フットボールコラム

五輪はメダルを獲らなければならない大会か? 石井和裕

U-20日本代表の歴代監督を調べてみた。
1995年 カタール大会 田中孝司
1997年 マレーシア大会 山本昌邦
1999年 ナイジェリア大会 フィリップ・トルシエ
2001年 アルゼンチン大会 西村昭宏
2003年 UAE大会、2005年 オランダ大会 大熊清
2007年 カナダ大会 吉田靖

五輪予選 日本代表監督も調べてみた。
1992年 バルセロナ五輪予選 横山謙三(総監督)
1996年 アトランタ五輪予選 西野朗
2000年 シドニー五輪予選 フィリップ・トルシエ
2004年 アテネ五輪予選 山本昌邦

なぜ、あらためて調べてみたかというと、オシム監督の後任候補の日本人監督を思いつかなかったからだ。眺めてみて判ったのは、各年代の代表監督を務めた後にJリーグで実績を残した監督は西野朗しかいない(1979年U-20日本代表監督の松本育夫という例外中の例外はいるが)。A代表の歴任監督に範囲を広げても、岡田武史以外は、みな成功したとはいえない。これでは、いざというときに代表監督候補の名前が挙がらないわけだ。

過去を振り返ってみて、最も期待をされていたのは山本昌邦だろう。1997年U-20マレーシア大会を指揮し、2000年シドニー五輪と2002年ワールドカップではフィリップ・トルシエのアシスタントコーチを務めて経験を積んだ後に2004年シドニー五輪を指揮している。

アジア地区予選UAEラウンドでの過酷な環境にも耐え、チーム一丸となって本大会出場を決めたことは記憶に新しい。限られた駒をやりくりする采配や、バーレーン敗退を願って最終戦で西が丘に応援に行ったサポーターへの御礼挨拶などで、サポーターからの絶大な支持を得ていた山本昌邦だが、最終選手選考と本大会での闘いではチームが混乱に陥り惨敗。それまでの支持は嘘のように飛んで消えて、大バッシングを受けることになる。彼が使用しサッカーファン以外にも日本中で流行語として広がっていた「人間力」という言葉は、逆に山本昌邦を揶揄する代名詞となった。そんな逆風の中でジュビロ磐田の監督に就任。本来は味方であるはずのジュビロサポーターからも信頼を得ることができず、進めようとした世代交代が支持を得ることもなく、2年と保たずに監督の職を辞した。それ以来、山本昌邦が監督の座に返り咲くことはない。二度とチャンスを与えられることはなかったのだ。

山本昌邦と同じように日本サッカー協会が長期的に育成をしていると想像できるのは大熊清。東京ガス時代から、その指導力には定評がある。ただし、まだA代表でのコーチ経験は浅い。A代表での、印象に残っている働きっぷりといえば「声が大きいこと」くらいだろう。

日本サッカーは横山謙三監督の辞任を契機に上昇軌道を歩み続けた。世界でも例を見ない急速な進歩は3大会連続のワールドカップ出場という80年代には想像することすらできなかった素晴らしい結果をもたらした。しかし、2006年ドイツ大会での惨敗で、一つの曲がり角に至ったと考えていいだろう。「黄金世代の終焉」そして「どこまでも上昇し続けることができるという神話の崩壊」が、あの3試合だったのだ。そこで、今、私たちは今一度、考えるべきだと思う。

日本以上に急速に進歩を続けている世界のサッカーで、トップクラスと対等に渡り合うためにするべきことは何だろうか。一つ重要なことに「世界と闘える監督を育成すること」がある。今、オシム監督の後任(ワンポイントリリーフの監督としても)候補に日本人としては岡田武史と西野朗しか名前が挙がらないというのは、危機的状況であるとは考えられないだろうか。

そこで思ったのだ。北京五輪では反町監督に、思った通りの采配で存分に指揮をしてほしい、と。アジア地区予選最終戦のサウジアラビア戦でも、反町監督には采配に焦りが見られ、バタバタのうちになんとか逃げ切ったと聞く。反町監督の力量に日本サッカー協会すらも疑問を抱くのも十分に理解はできる。とはいえ、アジア地区予選を突破し、最低限、出場をすることはできた。失うものがあるわけではない。となれば、次の最大の目標は何か。五輪でメダルを獲らせるのか、それとも、ワールドカップで世界の列強と渡り合うのか。メダルを獲らせることを目標とするのであれば、目先の価値を追求するために采配をこと細かに厳しく評価して、ときには糾弾することも必要だろう。だが、あれだけの経験を積み重ねて、アジア地区予選を勝ち抜いた山本昌邦ですら、五輪本番を前にして「経験不足」を露呈したのだ。そこで今回は、勝っても負けても、北京五輪での采配ミスなど多少は大目に見てはどうだろうか。日本サッカーの将来のために反町監督に様々な経験を積ませるというスタンスで応援をすることはできないだろうか。新潟では彼は有能な監督として高い評価を得ていた。大きな可能性を秘めていることだけならば誰も疑いを持たないだろう。その可能性を広げる視点を持つことはでき名だろうか。

日本サッカーが、「ワールドカップ出場」「ベスト16進出」などなど、掲げた目標を順調にクリアしていける時代は終わった。A代表はベトナム、カタール、オマーンにも苦戦している。次の時代で勝つために、反町監督が北京五輪でスリーランクくらいステップアップしてくれることを、私は切に願うのだ。





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