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日産そしてマリノスの物語の数々
木村和司・永遠の背番号10
プロ第一号とともに歩んだ日産自動車サッカー部

第三章 黄金の中の黄金時代 

木村、水沼、金田の黄金の中盤そしてレナトの プレイはさえ渡っていた。そして2年連続制覇に向かって戦うことになった天皇杯。 日産は順当に勝ち上がり準決勝では読売相手にレナトのスーパーゴールで快勝し、決 勝に望んだ。相手は今シーズンのJSLの開幕戦の相手でもあるヤマハ(現:ジュビ ロ磐田)であった。

天候は快晴、そして何よりも国立競技場の芝が元日にも関わらず 緑一色になったことは素晴らしかった。前年のフジタの応援が応援団ぽいこともあっ たせいか、ヤマハのチアリーダー付きの応援はなかなか・・・(日産も良いんだけど ね・・・)。お互いにディフェンスの堅いチームでもあり(当時日本代表のキーパー は日産の松永、ヤマハの森下)序盤は静かな展開だった(ヤマハのサウンドメーカー の応援はうるさかった)。オスカーの戦術は常にディフェンスを重視したせいもあっ たのだろうか?しかし、後半開始直後ヤマハは日産ゴール左サイドでFKのチャンス を得る。なぜか松永の指示の通りに壁をつくらないディフェンス陣の横をヤマハのエ ースのアンドレが強烈なシュート。ヤマハが先制した。そしてオスカーが動く、水沼 に変えて点取り屋ロペスを投入、しかしこのロペスが最初にした仕事はペナルティエ リア内での「ハンド」だった。アンドレが冷静にPKを決めて0−2。この時点で勝 利を諦めた仲間も何人かいた。しかし、この状況でも試合の勝利を確信していたのが ともあろうオスカー監督自身であった。

ここまでのJSLでは日産は逆転勝利が11 試合中1回のみ、しかしこのときは日産の攻撃陣がここから大爆発!まずはキックオ フ後木村のスルーパスから長谷川(現:清水エスパルス)が抜け出してセンタリング 。ロペスがゴールネットを突き破るのではと思うほどのボレーキックをたたき込んで 1−2。続いてまたまた木村のスルーパスをロペスが根性で触って前にフィード。こ れをヤマハの柳下がクリアミスしレナトにパス。レナトはこの段階でキーパーの森下 と1対1。この状況になった瞬間日産応援団は狂喜乱舞になり放送ブースでは水野ア ナウンサーが「レナト、レナト、レナト〜ォ」と絶叫し、当然のごとくゴールを決め 2−2の同点。そしてこれでもかとばかりにたたみかける日産はコーナーキックを取 り、木村の右足がうなると、そこに飛び込んだのはゲームキャプテンの佐野(本来の キャプテン水沼は途中でロペスと交代していた)。キーパーとディフェンダーより一 歩早くこの木村のキックにヘディングであわせて日産はついに逆転した。この瞬間か らオスカーの戦術を「オスカーマジック」と讃える新聞や雑誌は増えた。(実に「オ フトマジック」の2年前、「ソラリマジック」の5年前である)この後日産はゲーム を完全に支配した。中でも終了直前の木村のコーナーキックを日産選手はロペス一人 しか上がらなかったのに、ヤマハの選手はニアポスト、ファーポストにディフェンダ ー、中央にキーパーの3人で守備した。木村はこの試合得点こそなかったが、3アシ ストと大活躍!まさに日産ファンの狂喜乱舞の1990年が始まった。

この試合19 90年の幕開けの試合となったが、オスカー戦術に現在のサッカーの重要ポイント「 全員守備」があった。オスカーはアタッカー、ゲームメイカーを問わず全選手に相手 の攻撃の起点を摘み取ることを命じていいた。この決勝戦でも選手交代を使いきった 後怪我をしたレナトをオスカーは怒鳴りつけ、レナトはびっこを引きながらも守備を こなしていた(このときの怪我は後にレナトの選手生命を縮める結果となったことは 大変残念である・・・)。

前年の3冠とここまでの2冠。残るはJSL制覇の野望だけが残る日本リーグが再開された。そしてここまで日産の前に苦杯の飲まされてきた各チームは日産相手には通常の力以上の力を発揮して望んでくるようになってしまった。「日産を倒せ!」JSLの全チームの共通の目標であった。そしてその間隙を縫って急浮上してきたチームがあった。「読売クラブ」である。武田、藤吉、菊原という3人をトップに据え、ジワジワと日産の牙城に迫ってきた。Jリーグが始まってからサッカーを見出した方は信じられないかもしれないだろうが、当時は読売クラブよりも古河、三菱等の方がサッカーの質は高かったし、読売クラブは当時は無警戒なチームであったのである。そして日産は木村がガンジガラメのマークにあいゲームをコントロールできないままペースを乱し、天皇杯の決勝で負傷したレナトは復帰しておらず、日産の勝ち点が思うようにのびなくなってしまった。そして雨の千葉での全日空との1戦で、これまで負けたことのない全日空に1−5という大差で負けてしまうのである。 JSLカップで負傷して以来長く試合から遠ざかっていたサンドロをリベロに戻したことと、折からの大雨の影響もあったのだが、まさかの大敗であった(この試合のもネールのシュートは凄かった)。

幸いにしてこの試合の同日行われたフジタと読売は森のPKで引き分け(堀池に感謝、感謝・・・)、勝ち点差が開くことはなかった。実はこの2節ほど前のホンダ戦に破れた日産は、読売に首位を譲り渡していたのである。誰もがダメかと思うような展開にあって、この大ピンチ救ったのは間違いなく木村を起点とする攻撃陣だった。そしてこのころ日産のそしてオスカーの秘蔵っ子といわれた「松橋力蔵」が鮮烈なデビューを果たしている。突破力のあるドリブル、豪快なミドルシュート、繊細なパスワーク。誰もが木村の後継者は彼だと思うほど、松橋のデビューは鮮烈だった。「逃げる読売、追う日産」この展開は3節ほど続いた。そして最初に息切れしたのが「読売」だった。全日空に「1−1」で引き分けたのである。この日、日産はNKKを長谷川健太の豪快なシュートで振り切り、ついに首位を奪還したのであった。実にこの節は21節。最終戦の前であった。