   
Roma 2001
オリンピコに来るのは2回目。以前に来たのは、もう7年も前のことになる。中田が入る前のローマとカズが入る前のジェノアの試合だった。
ヨーロッパチャンピオンズリーグ。昨年のカンピオナート(イタリアリーグ戦)の覇者SSラツィオは、ホームに、ディフェンディングチャンピオン20世紀に最も優秀な成績を収めた名門レアル・マドリッドを迎える。ラツィオはリーズユナイテッド、アンデルリヒトに星を落とし、前節は終了間際にフィーゴにPKを決められてアウエーのレアル戦も勝ち点をあげることができなかった。二次リーグ、まさかの最下位で勝ち点を1つも失うことのできない崖っぷちに立たされていた。
レアルサポーターもフィーゴのユニフォームでサンピエトロ見学
ポポロ広場に近いバールで早めの夕食を軽く取ることにする。今日の試合は20:45から。スペインとの時差の関係もあってのこと。おそらくテレビ生中継の都合だろう。店内のテレビでは、これの時差の都合で早くにキックオフされている別の試合が放送されていた。赤いユニフォームはバイエルンミュンヘンだ。しかし、押し込まれている。相手チームは、速攻でバイエルンゴールを脅かす。テレビを見ている2人連れのおじさんに聞くと
「バイエルンミュンヘンとスパルタスモスクワだ。バイエルンが1-0で勝っている。」
と教えてくれた。モスクワのホームか。そりゃ寒そうなはずだ。雪が降ってる。貴賓席にはプーチン大統領の姿もあった。第二次世界大戦で最多の戦死者を出した独ソ戦ってことか。国民を鼓舞するのには都合のいい舞台だ。でも、そんなことじゃなくて、単にサッカーが好きで、名門バイエルンとの試合を見たかっただけなのかもしれない。
おじさんたちに
「チャオ!」
と声をかけて店を出る。オリンピコにはトラムに乗っていくといい。駅に行くとラツィオのマフラーをした人が何人もいたので、彼らについていく。思ったよりも込んでいない。トラムの終点から橋を渡るとスタジオ・オリンピコだ。寒いのでマフラーを買い、マッチデープログラムを手にしてスタジアムに入る。うわぁ込んでる。通路はごったがえだ。イタリアのスタジアムは日本と比べて通路や客席が狭いので満員の試合は大変だ。何とか席に着く。バックスタンドのやや端の席だが、身なりのいい人が多い。チャンピオンズリーグはカンピオナートよりもチケットは高い。しかもラツィオはローマの郊外のやや高額所得者が多い地域を支持基盤にしているのだ。ただ、ローマファンに言わせれば、そういう地域は、今でも残る古代ローマの街を守った城壁よりも外にあるので、
「俺たちは紀元前からローマ人だが、ラツィオファンはローマの外の人間だ。」
ということになる。
煙が凄くてチャンピオンズリーグのフラッグが見えない
高らかに、そして厳かに、美しい旋律のチャンピオンズリースのテーマ曲が流れる。ゴール裏とバックスタンドの最前列から発煙筒がたかれる。全ての人が席を立ち上がり選手たちを迎える。大歓声と拍手が屋根付きの大スタジアム、90年イタリアワールドカップ決勝戦の舞台を包み込む。曲が終わると、今度はラツィオファンの唄の番だ。バックスタンドも飛び跳ねて歌う。今日は絶対に負けられない日なのだ。
試合が始まる。座る。ラツィオは攻勢をかける。大歓声。レアルがボールを持つ。するとスタンドからの、もの凄い音量の口笛がレアルの選手を突き刺していく。これは、もの凄い音だ。ちょど、両方の耳の中に無理矢理鈴虫を突っ込まれたような感じだ。しかし、煙でフィールドはよく見えない。
余裕があるカンピオナートの時は相手チームへのブーイングよりも味方への叱咤激励のブーイングが圧倒的に大きいと印象を受けていたが、やはりチャンピオンズリーグの崖っぷちは雰囲気が違う。最も口笛の音が大きくなるのはロベルトカルロスがボールを持ったときだ。しかし、じつはラツィオファンもロベルトカルロスが怖いし好きなのらしく、ボールが行くと小さな声で
「うぉ」
と呻き、その後、一呼吸置いたタイミングで口笛が始まるのが妙におかしい。
試合は今日も点の取り合いになった。ラツィオがゴールすれば大歓声。しかし、レアルがゴールすると、本当にここに80,000人がいるのか疑いたくなるくらいの気持ち悪い静寂が生まれた。みごとなオフサイドトラップ崩れでゴールを奪われた後は凄かった。
「なんで。こうなっちまうんだ。」
「どういうことなんだ。」
誰もが勝手にしゃべる。誰に聞いてもらうわけじゃぁない。でも、しゃべる。イタリア人は『手を縛られるとしゃべれなくなる』といわれるくらいにオーバーゼスチャーで、しかも、その動き一つ一つに意味がある。だから、こうなってしまうと、前後左右の身なりのイイおじさまやおばさまの高級そうな服に包まれた腕がカンフー映画のように襲ってくる。
そういえば、この試合では、イタリアサッカーではおなじみの『ヴァンファンクーロ!』というコールが一度もなかった。負ければ終わりの本当に緊迫した試合では、相手をけなすコールなどしていられないようだ。つまりは、あれはおふざけということか。
これこそが見るからに金持ちそうな欧州マダムの腕
さてハーフタイムなのだが、これが極めてシンプルな演出。最初から最後までノンストップでクラブミュージックを大音量でかけている。寒いので(といってもミラノよりはかなりましだ)曲に合わせて体を動かす人も多い。大画面にはスタンドの美女が次々に映し出される。その美人の具合によって
「お〜!」
とか
「う〜」
とかスタンド全体が反応を示す。映し出されていても無視している女性もいれば、大喜びで手を振る女性もいる。キスしているカップルが写ったときは大歓声だった。次から次への美女のオンパレード。ところがたまに、これが、足元からカメラをゆっくりパンアップしていくと男だった、なんてこともあって飽きずに楽しめる。でっぶい男が踊っている画面では場内だ一ブーイング。逆に、直立不動でリバプールのマフラーを掲げる男の姿にはやんやの喝采が送られた。同じ本拠地の宿敵ローマは、ここオリンピコで0-2とリバプールに手痛い敗戦を喫している。明日はリバプールで第二戦だ。どうりでスタジアム外にイングランドの旗がなびいているわけだ。(しかし、結果は、この日と明日でローマ勢は両方とも敗退することになる)
後半に入りやや持ち直すものの重い展開。それでもクレスポの値千金のゴールが炸裂しスタンドが揺れた。前半の途中でリーズユナイテッドが勝っていることは誰もが知っていたし、ハーフタイムに携帯電話で途中経過を確かめるのも日本と同様だ。とにかくラツィオが勝つことだけを誰もが願っている。しかし、さすがは欧州王者。一瞬の隙をついてラウルが、あっさりと同点ゴールを奪ってしまった。強い。終盤の必死の声援に選手も奮起してゴール前に殺到する。終了間際のシュートは、惜しくもクロスバー。長いホイッスルとともにラツィオのチャンピオンズリーグは終わった。イタリアチャンピオンとすれば期待はずれの二次リーグ敗退。しかし、ホイッスル同時に全館客は立ち上がり奮闘賞賛のスタンディングオベーションで選手をたたえた。鳥肌が立つ感動のシーンだった。
石井和裕

  
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