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心変わり 赤い波に身を委ねて
石井和裕 6月18日

朝食で隣の席がメキシコ人になった。年輩の方だ。ロッテホテルの朝食は値段が高いので、避けても良かったのだが、ジャーナリストや、怪しげな外国人に遭遇できるので、とても楽しみで、高い金を支払う価値がある。
この日の隣のテーブルの一人は見たことのないユニフォームを着ていたので、とても興味があった。その男性が、あちらから話しかけてきた。私を韓国人と勘違いして、韓国の銀行について訪ねてきた。私は日本人であることを伝え、その質問には答えられないことを説明した。すると、彼は日本の銀行について質問してきた。残念ながら、その質問にも私は答えられなかった。彼は、親切に話題を変更して、「どこから来たのか?」「東京にはどれくらい人が住んでいるのか?」などを質問してきた。
「チケットは持っているの?」
と質問された。どうやら余っていて買い手を捜しているらしい。
「チケットの値段は高いね。」
と不満げに苦笑いしながら彼は言った。その後、会話が続いて、彼ら二人も日本に来ていたことが判った。「街がとても綺麗だ。」と誉められた。どの試合に行ったのかを質問すると
「ヨコハマ・・・カシマ・・・大分・・・。」
出てくる出てくる、おいおい、チケット高いと言いながら何試合見てるんだ?
「横浜はとても大きくて美しくて素晴らしいスタジアムだ。」
というので、私がはJリーグ横浜のサポーターであることを告げた。そして
「メキシコのアステカ・スタジアムも大きいじゃないか。」
というと、世界最大やら何やらと、メキシコのスタジアムとサッカーの自慢話が始まった。サッカーファンはみな、得意の分野の質問が来ると饒舌に説明を始める。
握手をして、彼らが「さよなら。」と言い、私が「アスタマナーニャ。」と言って別れた。別の席の韓国人が笑って見ていた。彼らにとって、私は特異な存在だっただろう。この日本人は韓国の大田のはずれのホテルにいるが今日は日本にとって大切な試合がある日だ。

日本は負けてしまった。なんとなく90分が過ぎてしまった。宮城スタジアムに応援に行った仲間が、携帯電話に国際電話をかけてきた。
「こんな茶番を見せられるとは思わなかったよ。日本はチャレンジしなかった。」
後半が始まる前にMBCの中継では解説のキム・ジュソンが
「赤い頭でイエローカードをもらっている戸田選手がいますが、稲本選手が交代。」
と笑いながら言っていた。
それから、MBCの中継だと、戸田は「トーダ選手」、中田は「ナカタ選手」だが、小野は「オノシンジ選手」と紹介される。ソルトレイクのアメリカ人スケーターの「オーノ」と音的に区別するためなのだろうか。ちなみに、ロベルトカルロスは「カルロス」と呼ばれていている。リヴァウドは「イヴァウド」、ロナウドは「オナウド」と、日本語よりもブラジルでの発音に近くなっている。
私は、どちらかというとトルシエのヒステリックな言動も好意的に捉えようとしていたのだが、さすがに今回の独り相撲は自分の中で消化することができなかった。

タクシーで大田スタジアムへ向かうことにする。ロビーへ降りると、赤い服を着た韓国人がかなりいる。そして、やっぱりアイルランド人もいた。タクシーを呼んだのだが、一緒に行きましょうと誘われて朝日新聞の記者のタクシーに同乗することになった。日本の敗退について意見を交換した後、今日の仕事について聞いてみる。韓国人サポーターについて取材するのだそうだ。どうやら「AGEIN 1966」という人文字を出すのだそうだ。どうりで、昨日から1966年イングランド大会の北朝鮮のゲームのビデオがたびたび番組で流れるの訳がやっと分かった。北朝鮮が勝利しミラクルと言われた、あの試合の相手はイタリアだった。その人文字の話を質問されたトラパットーニは笑って
「でも、そんなことはイタリア人は誰も覚えていないと思うよ。」
とインタビューに答えていた。

スタジアムの周りは真っ赤だった。たまに見かけるイタリア人は極々少数。何人かの日本人と話をした。相手が日本人だと判ると、何もかは判らなくても口から出る言葉は同じだ。
「見ました?」

大田スタジアムはの外見はこぢんまりとした印象。しかし、中に入って驚いた。四角形のスタンドはそそり立つ赤い壁のよう。もの凄く迫力がある。1Fゴールの真裏の中段から上段にかけて、100人程度だろうかTST席。その7割程度は日本人だった。ほとんど女性。イタリア人はとても少なかった。

固まっている日本人の一番端の席だった。試合開始が近づき、我慢できなくなった反対側のゴール裏には「AGEIN 1966」の文字が浮かび上がる。手拍子が歌声が渦巻く。
わずかなイタリア人と大半を占める韓国人。韓国が日本よりも勝ち進むのは、正直いって気分がいいものとは思えなかった。でも、なんだか勝たせてやりたい、そんな気分が頭を持ち上げてきた。

民族衣装の楽団が現れアリランの演奏が始まる。その演奏に、徐々に声を合わせる 観客が増えてくる。最後には大合唱になった。そして選手が入場する。完璧なホームゲーム。羨ましかった。周囲の日本人女性は「イ〜タリア!イ〜タリア!」と連呼する。鹿島での観戦では男性の太い声の束だった「イ〜タリア!イ〜タリア!」は女声になった。女声が悪いわけではないが、本当のイタリア人が応援しているわけでないこの空気が少し嫌になってきた。高価で、しかも売り切れていて韓国人サポーターが入手できなかったチケットを日本人がたくさん持っている。サッカーが好きできているのだから、それはそれで良いのだが、チケットを入手できなかった人が多い開催国を相手に回して、自分とは一切無縁の国の名前を目をつり上げて連呼するこの一角を、周囲はどのように見るのだろうか、と思った。私にとっての韓国は、強くて高い厚い壁。歯が立たない、日本がアマチュア時代にプロリーグが有り。チャ・ボンクンはブンデスリーガで大活躍。そんな国の印象だった。いつも悔しい思いをさせられた。でも強すぎて、汚い反則などの姑息な手段は印象になかった。だからライバル国だが毛嫌いする理由が見つからなかった。
私は第三国のサッカーファンとして、この試合を見守ることにした。イタリア代表の1982年のユニフォームを着ていたが、その上に着たマリノスのユニフォームは脱がないことを最終的に決めた。ただ、第三国のファンとはいえ、強豪に一歩も引けを取らない攻撃的なパス回しに、徐々に引き込まれていった。韓国の応援に手拍子を合わせるようになった。そしていきなり目の前のペナルティエリアでのPK。もう大興奮だ。

試合の経過は割愛するが、ビエリは後半にバテるまでは超人的な動きを見せてゴールを脅かした(右脚を除く)。先制した後にトラパットーニはデルピエロを下げた。しかし、ヒディングはホン・ミョンボを下げて車ドゥリを右サイドに入れるという超攻撃的な布陣を披露する。賭だ。そして選手はチャレンジする。ホン・ミョンボがいないディフェンスを一度も破壊されることなく攻めきって同点に追いつく。なんということだ。これこそ、ビッグ・チャレンジだ。スタンドの歌声は揃わなかった。ほとんど人は本能のままに絶叫した状態のままで90分を終えた。
延長に入ってトッティーは不運な退場になる(私自身はペルージャでの生観戦に続いてトッティーの退場を見るのは2回目)。観客のほとんどが笛の鳴った瞬間にPkと思い、ゴールデンゴールで負けることを覚悟した。カードが出て目の前の幸運に気がつき歓声が上がった。そして審判への野次も飛んだ。ザンブロッタへのファールも、当然、韓国人選手にカードが出ると多くの観客は思った。しかし出なかった。「なんで?」と「安堵」の空気がスタジアムに現る。イタリア人は男女を問わず「ヴァンファンクロ!」を連発していた。

そして化粧品「大韓民国・美男美女」のCMキャラクターであるアン・ジョンファンがヘディングで試合を終わらせた。割れんばかりに赤く揺れるスタジアム。反対側のスタンドの外に大きな花火が上がる。外からボランティア達がスタンドに走り込んでくる。帰りの足が不安だったので、喜びをスタンドに選手達が向ける前に外へ出た。スタジアムの外も大騒ぎだ。たくさんの人が走っている。叫んでいる。スタンドのすぐ外でテレビを見ていた人もたくさんいたようだ。
タクシーを捕まえなければならない。欧州系の外国人達がタクシー乗り場の前で騒いでいる。タクシーは止まっているが誰も乗らない。いや乗れないのだ。スタジアム周辺のタクシーは結託してソウル行き以外の客を乗せないのだ。今にも殴りかからんばかりの外国人もたくさんいた。約2キロ離れたユソン温泉まで歩き、そこでタクシーを捕まえることにする。かなり難航したが、1時間かからずにタクシーを捕まえロッテホテルへ向かう。深夜のタクシーの捕まえ方を、偶然居合わせた在日韓国人と日本人のハーフだという日本から来た男性に教えてもらった。結局、深夜になると10年以上前のソウルでのタクシーの捕まえ方と同じになるということが判った。

タクシーでロッテホテルへ向かう。箱乗りの乗用車。トランクルームに人が乗った乗用車、荷台に人が満載のトラック、はためくフラッグ、クラクションの音に合わせて「テーハミングック!」。別の花火が上がっている街の方向から、クルマがどんどん走ってくる。歩道には人がいっぱいだ。だが、この人達の進む方向は家路だけではない。多くの人は、この近所の人で、試合が終わると、観客と選手を出迎えるために家の外に飛び出してきた人たちだ。そして、タクシーが進むにつれて人がさらに増える。どこまで行っても人でいっぱいだ。その人達は街の中心からスタジアムの方角へ移動している。みんな笑顔だ。
歓声が絶えることのない沿道をタクシーで進みながら、「日本もチャレンジしてほしかった。」そう思った。

ホテルに帰るとエレベータ前で欧州のジャーナリスト達と逢った。私を見ると
「日本か?」
と聞いてきた。相手の国籍を聞くと
「デンマークだ。」
と答えてくれた。すかさず
「ラウドロップ!!」
と言うと笑顔で親指を立てた。
「日本は残念だったね。」
私は、昼間の試合のテレビと国際電話を再び思い出した。
「日本はチャレンジしなかった。韓国はチャレンジした。」
「いや、日本はナーバスになっていたよ。身体が動かなかった。」
との心優しい答。しかし、その後にすかさず力のこもった言葉が続いた。
「稲本をなぜ交代させたんだ?2得点しているワンダーボーイなのに。アンビリーバブルだ。」

あまりに対照的な試合だった。



    
(左)お金持ちのメキシコ人。左はメキシコのサントスのユニフォーム。右はフランス大会の韓国。
(中)声を揃えて「テーハミングック!」じゃなくてボーリング部の朝練。
(右)8強へのメッセージがバルーンで上がる。

    
(左)KBSスペシャルの番組予告「サンキュー・ヒディング」。
(中)MBCはハーフタイムのスロー再生が3DCGに乗り変わって解説。
   面白くしたい気持ちは分かるがスロー再生の方がわかりやすかった。
(右)ほのぼのとした試合前の風景。

    
(左)こぢんまりとした外観だが、大田のスタジアムは良い。
(中)チマチョゴリの子供達。
(右)コリア・ファイティング!!。

    
(左)ゴール裏に置かれた大きな太鼓。みんな1回叩いていく。大きな音だ。
(中)まだ笑顔があった人数わずかなイタリア人。
(右)陽気なメキシコ人。敗退すると赤いファッションで韓国の試合を見に来るのがどの国も定番。

    
(左)1966年の再現を。
(中)PK!ブッフォン!スーパーセーブ!!。
(右)赤くなれ「Be the Reds !」。ユニフォームよりも圧倒的に、このTシャツが多い。
   版権フリーなのか、いろいろなところでいろいろな人が売っている。

    
(左)どこにでもたくさんいるメキシコ人。怪しげな歌を歌う。
   私の席の前のメキシコ人は「テーハミングック」に合わせて「メーヒコ」と笑顔で叫んでいた。
(中)湧いてきた暴走車。韓国では今大会中に3名が事故死。
(右)荷台にみんなで載るのも、この試合からブームになった。


(左)大渋滞の中で反対車線に止まった車の女の子が騒いでいた。こちらに興奮気味で話しかけてきたが、私が日本人で、しかも韓国を声援していたことが判った(大田駅前で買ったマフラーのおかげで)。すると、一瞬黙って言葉を探した後に、大声で「アリガトゴジャイマシタぁ!!!」と絶叫。タクシーの運転手さんは爆笑した。