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マリーシアのプロフィールを紹介します。
VIP席の隣で 赤い波に身を委ねて
石井和裕 6月22日

R-8スペイン-韓国を見るために光州(クアンジュ)に向かう。8:00発の汽車に乗るために赤い服を着たサポーター達が続々と集まってくる。南へ進むこと2時間半の終着駅。10:30過ぎに光州(クアンジュ)で降りるとマリーシアの今野さんがいた。日本人もかなり多い。ボランティアの方(この方も70歳代の後半)に5.18広場への行き方を教えてもらおうと質問するが行ってはダメだという。ガイドブックでは、それほど遠くにあるとは思えないし、光州の街を知るのに市の中心部で光州事件の舞台になった広場を見ないわけに行かないのでどうしても行きたかった。それに、駅の近くには美味しい飲食店が見つかりそうになかった。ボランティアの方は、スタジアムに間に合わなくなるから12:00までココで待って無料バスに乗ってスタジアムへ行くように勧めた。どうしても、そのバスに乗せたいらしい。
だが、私たちはタクシーで5.18広場に向かった。街は大田よりも古い感じ。全羅南道の中心都市だが日本の感覚で言えば小さな地方県庁所在地だ。広場にはタクシーで乗り付けられるはずだったが、途中にバリケードがあって車が入れなかった。運転手に道を教わって降りると、ここでも始まっていた、パブリックビューイング!!県庁の真正面を起点にした大きな通りは、真っ赤な人で埋まり始めていた。ステージには巨大スクリーンと大きなスピーカーが設置され、ダンスミュージックがかかっている。太鼓も叩かれている。たくさんの露天が出ている。飲料水を配布するメーカーのコンパニオンがいる。ボランティアの方は、このことを知っていて、行かない方がイイと教えてくれたのかもしれない。
私たちは、近くの店でデジカルビ(豚のカルビ)を食べてタクシーでスタジアムに向かった。運転手さんは
「日本人(イルボン)ですか?」
と聞いてきた。
「日本から来ました。でも、今日の気持ちは韓国です。」
と、私が大田のオフィシャルショップで購入した赤いマフラーを見せた。すると笑ってくれて、スタジアムまでの会話がはずんだ。運転手さんは簡単な日本語が話せて日本にも行ったことがあると行った。
「京都?奈良?」
などと、行った場所について訪ねたが
「競輪が当たって面白かった。韓国人は応援が濃すぎますね。今日は赤が目に眩しすぎます。」
と言っていた。面白い人だ。

スタジアムは山の中だった。今度は大田と違って歩いて途中まで帰ることは難しそうだ。スタジアムにはいる前に無料シャトルバスの乗り場を聞いた。知らない人が多かったが、警察が場所を教えてくれた。韓国でもオフィシャル応援グッズはあまり評判が良くない。マフラーのデザインも今ひとつだ。最もカッコイイのはレッドデビルのオリジナルデザインのものだ。赤と黒のバランスが絶妙で、韓国伝統の絵柄が取り入れられている。どうしてもほしかったが、交換は難しいだろうと思って
「私はこれをほしいのですが、どこに売っていますか?」
と質問した。すると、私のマリーシア・マフラーと交換してほしいという。即決で交換した。このレッドデビルのオリジナルデザインでマフラーは入手が困難なようで、この後、ソウルでは韓国人から「頼むから」と何度も売ってくれるようにお願いされた。ラッキー。
マリーシア・マフラーにはYOKOHAMAと大きく書かれている。皆、韓国代表が横浜の決勝戦に進出してくれることを願っているので、このYOKOHAMAという文字が大人気になった。しかも、ここには3人のマリノスユニフォームが揃っていて、スタジアム前から一緒に行動することになった日本代表ユニフォームの大学生もいる。いろいろな人から記念写真撮影を頼まれた。撮り終われば
「コリア・ファイティング!!」
「テーハミングック!!・!・!!」
もう、これは挨拶のようなモノだ。
一緒に撮影しないまでも、こちらに向かって
「ニッポン!!!ニッポン!!!ニッポン!!!」
と、コールしていく韓国人も多い。そうしたら、また、こちらも
「テーハミングック!!・!・!!」
なのだ。
この日は、朝のテレビによると、光州の市役所が、違う色の服を着ている外国人にも赤い服を着てもらってスタジアムを真っ赤に染めるためにBe the REDS!のTシャツを大量に持ち込んでいた。それを、若い韓国人が袋に入れて持ち歩き、個別にプレゼントしていた。私たちももらった。お願いだから着てほしい、というボディーランゲージだった。見るとスペインのユニフォームを着たスペイン人にまでお願いしている人がいる。スペイン人は、さすがにそれはできないようといった態度だったが、記念になるので快く受け取っていた。このBe the REDS!のTシャツは大流行なので、すでに街で着ている外国人がたくさんいたし、スタジアムに着てきている欧州や中南米の外国人がたくさんいたし、お土産としても大人気だった。だから、プレゼントをもらった人の大半は、みな喜んで着ていた。私は、韓国びいきでイタリア戦を結果観戦したが、やはりライバル国のチームカラーでもあって迷ったが、これまで受けていたたくさんの親切の義理もあったので着ることにした。

スタジアムで席に案内してもらう。今回は。初めてのカテゴリー1だ。驚いた。VIP席の2つとなりの特等席だ。試合開始直前にMr.Rがやってきた。
「な、良い席だって言っただろ!」
はい、そのとおりです。
試合はスペインが攻めているようで組織的な面白みが感じられず、ホームの雰囲気もあってか試合全体は韓国がコントロールできているように感じられた、事実は違うのかもしれないが、韓国に余裕があったのは間違えない。90分が終わった時点で、なんともいえないムードが漂った。Mr.Rは私の背中をドンっと叩いて
「Good game !!」
と言った。「Yes!!」
特に、延長前半のスペインは、完全に足が止まっていたので、韓国に勝つチャンスが十分だった。しかし、あのゴールポストを叩いたシーンのスローインは集中力が途切れたのか、どの選手もマークを怠っていたエアポケットだった。前半が終わった小休止でスペインが持ち直したら、韓国にとって延長前半は悔やみきれない15分になると思った。だが、スペインの足は止まったままだった。延長戦に入ってからは途中出場のルイス・エンリケの突進だけが目立った。そしてPK戦。目の前で繰り広げられた、またしても信じられないような出来事。スペインまでもが散ってしまった。喜びに盛り上がる韓国代表選手達の向こうで、スペイン代表選手達は副審に食ってかかっていた。李雲在(イ・ウンジェ)がPKを止めた際に前に出ていたことに対する抗議だと思った。あれは誤審だと、ハッキリとスタジアムで判った。だが、抗議は別の理由だったようだ。

試合後の光州の混乱ぶりは凄かった。とにかく、すぐに飛び乗ったバスは進まないし、やはり、スタジアムに人が向かってくるし。今回は大田と違って歩いて帰ることが望めない人が大半だから、バスが止まっている周辺の人混みはとんでもなかった。乗ったバスは、なんと駅に行かずにバスセンター止まり。まずい。試合終了直後にスタジアムを出てきたもののPK戦まで行っている。予約している西大田までの最終便の出発まで、あと20分くらいしかない。タクシーの空車は見つからないので、歩くしかない。急いだ。とにかく歩けど歩けど着かない。まずいかもしれない。そこへバスが後ろから走ってきた。地元の路線バスだ。通り越したバス停まで走って戻った。前のドアを開けて待ってくれた運転手さんに礼をして乗り込む。前払いの代金が判らないが、とりあえず2人で1,000ウォンを入れる。運転手さんの顔をうかがうが、それで良いから乗れという。何とかなるかもしれない。バスは駅の方向へ向かっている。すこしホッとすると、同じように一番前に乗っている赤いTシャツを着た2人組の大学生風の男の子が話しかけてきた。
「あのぉ〜、このあたりで安く泊まれるところはないですかねぇ?」
おい、ちょっと待て。このゼイゼイと息を切らせている大田へ帰らなければならない私に唐突に聞くわけ?まぁ、でも困ったときはお互い様なので、駅のインフォメーションセンターの場所を教えてあげた。私はスタジアムを出てからマリノスユニフォームに戻っていたので、彼らにとっても、やっと見つけた日本人だったのかもしれない。ほとんどの日本人がBe the REDS!のTシャツかスペイン系のシャツを着ていたでの判らなかっただろう。
バスは駅前の交差点の横断歩道の上で停車した。運転手さんは降りろと言うジェスチャー。降りたのは私たち日本人4名だけだった。降りたところにバス停はなかった。駅に着くと、待合室はたくさんの人でいっぱいだった。乗るはずの汽車の出発まで、あと5分のはず。時間は19:55。しかし、その前の19:45の汽車の改札も、まだ始まっていなかった(韓国の国鉄の改札は出発の15分くらい前から始まる)。なんと、驚いたことに、汽車は全て、約30分遅れで運行していた。帰れない人が出ないための処置だったようだ。少し時間ができたので、私は朝に5.18広場には行かないように勧めたボランティアの方のところへ行った。まったく、その方の言うとおりには行動しなかったのだが、一応はお礼を言おうと思い
「あなたに教えていただいたので、無事に楽しく観戦できました。」
とお辞儀した。すると、ボランティアの方は、それは大変良かった、と、私の右手を両手で握りしめて握手して、何度もお辞儀をした。
汽車は、ほぼ満席で30分遅れで出発した。スタジアムにいた人間にはありがたいが、到着時間を気にする人には良い迷惑だなとおもったが、動き出すと振舞酒で乗客全員にビールが配られた。



    
(左)急行ムグンファ号を降りる。車内はソウルからの人も多く真っ赤だった。
(中)すでに盛り上がっていた5.18広場。
(右)「コンニチワ!」と声を揃えてやってきた女の子達。日本人と話がしたかった様子。

    
(左)ハサミで切られる豚肉をじっと見る。
(中)広場には、どんどんと人が集まってくる。
(右)マリノスのユニフォームが3人集まると大人気だ。
   ブルーウイングスのサポーターとコールの交歓も行われた。

    
(左)マフラーを交換してくれた女性。もう一本のマフラーは別の人に強引に交換させられた。
(中)大人気。
(右)大会スポンサーのKT(移動体通信の大手企業)の社長からピンバッジをつけてもらう。
   なぜか招き入れられ「よく来てくださいました・・・。」と、大歓迎される私たち。

    
(左)なぜかKTの偉そうな人から紹介されたイングランドの学者。だれだかは忘れたが有名らしい。
(中)スペイン人。マフラーをずらすと、胸にはアスレチック・ビルバオの文字。
   「おぉ〜バスク。」と言ったら笑われた。
(右)おなじみのマノーロさん。メインスタンドで自分のグッズを売ろうとして係の人に注意された。
   「いや、売ってるんじゃなくて配っているんだ。」と言い訳してグッズを係の人にも手渡した。
   係の人は困っていた。

    
(左)情熱のスペインギャル。
(中)おそろしくよい席。
(右)決着が付く。大喜びをしていたらボランティアの人がBe the Reds !のTシャツを1枚くれた。
   そういえば、試合中に馬鹿!とか行け!とか叫んでいたような気が。