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![]() 最後の決戦はYOKOHAMA BOTE 6月30日 決勝戦「ブラジルVSドイツ」 私は代表ユニを1枚も持っていない。着たことすらない。日本代表さえも持っていない。そんな私が初めて手にしたセレソンユニ。新横のブラジル人バッタモン屋さんから3千円で購入。背中には「19」・・・大好きなジュニーニョ! 多分、出場しても最後の最後の方だろう。でも何年も復帰をずっと待っていた私には大したことではない。彼が怪我を克服してまたセレソンユニを着ることになったのだから・・・ ユニを購入した後、電動車椅子サッカーで知り合った人達と出会う。すべてがセレソンカラー!!! ・・・どの会場でも会うね・・・それはこっちのセリフ・・・笑い合う私達。顔にはブラジル旗が描かれ、セレソンユニを着て、マフラーを巻いて、手首にも車椅子にも・・・後ろからやはりセレソン一色の妹さんが電動車椅子サッカーで使用する直径約50センチのボールを見せる。 ・・・えぇ〜、こんな大きいの持ってきたのぉ〜・・・驚く私に彼らが言う。 「これさえあれば、誰とでも友達になれるモン!!!」 ブラジル人が彼らを見つけ、一緒に写真を撮ろうとせがみだす。何人もの人達がそのボールを中心に集まりだす。何重にも人垣が出来はじめる。本当だ、ボールさえあれば、どこの国の人とも友達になれる! 試合中はもう両チームのサポーターに早変わり。どちらにもここまで来たら勝って欲しい。昔、2位になったチームの選手が・・・もし決勝戦で負けることが分かっていたら、グループリーグで敗退した方がマシだ。ここで勝利を喜ぶ相手チームを見るのはつらい。あと一歩で自分たちのものになっていたW杯を掲げているのは見るに耐えない・・・そう言っていたことを思い出す。 最後の笛が鳴り終えてからの15分ほど、グラウンドが半分に割れ、別世界な気がした。旦那様がポツリと「誰かカーンのそばに行ってやってくれよ。これじゃあ、94年を思い出しちゃうよ」と悲しげに言う。 そうだ、彼のヒーローも94年に最後の最後で・・・ 新横の交差点で酒臭いブラジル人が警官に「オブリガード・YOKOHAMA」「オブリガード・ジャパン」と話しかける。信号が変わり、横断歩道を渡り始めた人達を見届けた後、その警官は隣の警官に話しかける・・・オブリガードって、どういう意味?・・・ 我が家の2002年W杯が終了した。 第3京浜を降りると環八に・・・真ん中の車線を走っていると左隣車線を走るバスの中で黄色いユニ集団が踊っている。なんとブラジルサポーターの人達が乗っている。車内設置のテレビを見ながら、飲み、踊っている。陽気だ。信号待ちで右隣に止まったバス。電気も消して真っ暗の中、ドイツユニを着たまま、窓に頭を付けて寝ているドイツ人達・・・ また2006年にみんなと会いたいよ! |