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サポーターって?闘う勇者イタリアティフォジ

最も街と街との対抗意識が強く過激で派手なパフォーマンスを繰り広げるイタリア・セリエAのティフォジ(サポーター)達。彼らの臨場感溢れる数々の写真で型にはまらない生き生きとしたイタリアサッカーシーンを紹介する。写真は、いずれも2000年に撮影(ボローニャ、フィレンツェ、ペルージャ)。
ミランをホームスタジアムへ迎えて燃える発煙筒。レナト・ダッラーラの選手入場口はメインスタンドではなく、クルバの目の前の地下から開けている。闘う男達の目の前に敵と味方の選手達が現れる。
試合中にラフプレーに抗議して身を乗り出して絶叫するメインスタンドのファン。イタリア人は身振り手振りが大きい。向こう側に見えるクルバのティフォジ達は座って応援。試合中に立ったままの応援をするのは、このスタジアムではゴール裏中央部だけだった。全てのスタジアムがクルバ総立ちで応援しているわけではないのだ。
アウエーの限られた座席に追い込まれ、ホーム側に対抗して発煙筒でトラックを照らすミランのティフォジ。
選手入場前にマフラーを掲げて野太い声で歌う。だが、こちらもなぜか、数曲の応援歌を除いては座ったままの応援。こちらは、全員が座りっぱなしだったので、何か理由があったのであろう。でも、さすがに、終盤の誤審・退場・ラフプレー連発ではエキサイトして総立ちに。ホーム側の座席チケットを持って来場し隔離席からはみ出ているティフォジも多数。
素晴らしい芝。街の象徴である塔を配した大胆でクラシカルなデザイン。イタリアのスタジアムは恵まれている、と思われるが、このスタジアムは駅から遠く、歩いていける距離ではない。帰りのバスは日本では考えられない大混乱。
メインスタンドで楽しい家族のひととき。だが、その楽しさは、日本では放送できないような罵声を数多く含む。男の子も「ロソネロ・ヴァンファンクロ!」を連発だ。
かつての名門、フィオレンティナのホームスタジアムであるアルテミオ・フランキ。クルバは試合が見えづらい、のではなくて、ここはメインスタンド。しかも記者席の隣からの特等席の眺めだ。すぐにモノを投げ込むフィレンツェ気質が強化プラスチックのフェンスを設置させている。フィールドを全て見渡せる席は、メインスタンドでも上段の極一部だけ。
闘志満々のローマ・ティフォジをマークするペルージャ警察、というわけでもない。確かにローマから大量のティフォジがやってきて、ペルージャの街の雰囲気は前日までとは大違いなのだが。
街に溢れるローマ・ティフォジは、みな楽しそうに観光していた。ペルージャのような小さな城塞都市はイタリア人が好む格好の観光スポットなのだ。マフラーを付けたローマ・ティフォジ達の顔は皆朗らかだ。エロ雑誌を中心に、ハイ!ポーズ!!
戦闘はスタジアムの外で、すでに始まっている。一触即発のローマ・ティフォジと機動隊、に見えるが、その手前に注目してほしい。和やかにたたずむ年輩のローマティフォジ達。つまり、普通にしていれば、この道はローマ・ティフォジでも通れるのだ。あまりに意気込んで狭い道を突っ込んでくるので、危険と察した機動隊が止めたのだ。
バスで乗り付けたローマ・ティフォジ達。中田のために日の丸もある。大柄でカッコイイ男達がレナト・クーリのクルバに押し寄せた。
が、日本と同様にギャルサポもたくさんいるのだ。イタリア人はユニフォームを着る人が少ない。寒いからということもあるが、マフラーだけをアクセントにした着こなしがカッコイイ。
フェンス上には過激なローマ・ティフォジ。相対する機動隊に険悪な緊張が走る。フェンスの向こうからにらみ合い、モノが飛び交う。彼らの主張はなんてことない。クルバがいっぱいだから空いているメインスタンドに俺達を入れろということ。空いているのはメインスタンドが指定席なので単に出足が遅いだけ。この日は完売だ。当然直後に満席になる。
チャンスに盛り上がるローマ・ティフォジいっぱいのクルバ、ではない。ここはメインスタンドだ。この日ほどではないが、サンシーロなどでもメインスタンドやバックスタンドでも端の席にはアウエーからのティフォジも座席が混在する。
ついに衝突した両軍ティフォジ、ではない。前半を終え、試合展開を巡って地元ペルージャの親父同士が口論を始める。それにしても、年輩であろうが、試合を見る視線は熱く情熱は燃え上がっている。
試合終盤に掲げられた横断幕に過激なスローガンが、と思ったが、書いているのはこういうことだ。「中田は、ここ(ペルージャ)で初めて皇帝の座に着いた。」移籍し、初めて敵としてペルージャに戻ってきた中田に対する昨シーズンの感謝のメッセージだった。ペルージャは、つい今し方、中田に見事なゴールを決められているのだが。

あとがきに添えて。

私が最初にイタリアで試合を見たのは1994年のこと。オリンピコでのローマ対ジェノア。私が最も衝撃を受けたのは、試合前の大合唱でも発煙筒でもなく、愛するクラブのサッカーを評価して素直に反応するティフォジ達の姿だった。ボールの奪われかたが悪いことに対してブーイングが起きていたこと。(テレビだと、ボールを持ったジェノアへのブーイングに聞こえる。しかし、終盤ではテレビの印象通りジェノアにおもいっきりブーイングが飛んでいた。さらに、2001年に見たチャンピオンズリーグの崖っぷち対決では相手チームへの一試合を通してのブーイングも体験したからブーイングの奥の深さにビックリだ。)軽率なミスに罵声が飛び交ったミハイロビッチが、一転して素晴らしい弾道のクロスを入れた瞬間に万雷の拍手が起きたこと。素晴らしいヘディングシュートを決めたスクウラビーに敵ながらオリンピコ全体から賞賛の拍手が起きたこと。これらは、日本では想像し得ないことだった。

2000年に再びイタリアで見ることになったセリエAの試合でも、上に写真入りで紹介したとおり、新たな驚きの連続だった。これらのことは、私自身のサッカーとの接し方に大きな影響を与えた。しかし、このページを作成するまでに、実に4年の月日を擁した。それは、合併後、低迷していたトリコロールのゴール裏を良くしていこうというムードを阻害するのではないかという心配からだった。ゴール裏では、常に様々なグループのサポーター達が、もっとスタジアムを盛り上げようと努力している。

2003年。岡田マリノスは快進撃し、前期の神戸戦は新横浜の新たな応援スタイルの幕開けを感じさせる素晴らしい雰囲気となった。これまでのゴール裏のサポーター達の努力が報われた結果だ。後期のムードも引き続き良好で、さらに最終節の大逆転劇で最高潮の盛り上がりのうちにリーグ戦を終えることができた。

ところが、トリコロールに限らず、こういう良好なムードの後には、かならず停滞期が現れる。「自分たちのサポートを選手は喜んでいるのだろうか?」「自分たちのグループは、ほかのあのグループの応援よりも劣っているのではないか?」「あのチームの応援は凄いのにうちのチームの応援は手ぬるいのではないか?」そういった自問自答がサッカーとサポーターの関わりを難しいモノに追い込んでいく。単に熱く熱中して応援したかっただけなのに、気が付けば周りの目を気にして、自分をどのように熱くて素晴らしいサポーターに見せるかに苦慮してしまう。そういった事が起きる。簡単だったサッカーが難しくなり応援することがつまらなくなってスタジアムを去る人が多く出る。これは、過去10年間Jリーグで繰り返されてきたことだ。

じつは世界各国のサポーター達もオバカなどうしようもない奴らが多くて、わがままに自分勝手に思うがままに応援している。2001年にサンシーロのクルバで謎のジャマイカ国旗とミラノ・ドランカーズ・クラブ(爆酒会!)の横断幕を見たときに再実感した。もし、スタジアム、サッカー、応援を難しく考えすぎて悩んでいる人がいたら、初心に戻って、もっと気楽にストレートに応援してみてはどうだろうか。たくさんの色々な価値観を持った無数の仲間達と連帯感を感じつつ(それは統制のとれた一糸乱れぬ応援と比べれば、ひょっとすると微かな連帯感にすぎないのかもしれないが)、自分のスタイルで応援していくことが、長く、僕らのホームスタジアムに通うことができるコツなのではないかと思うから。

石井和裕




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