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| サポ論 その1 の3 「サポーターに何ができるのか?」「私たちは貢献しているのか?」サポーターは「サポーターがサポーターでありサポートしていること」の実証を常に求め続けてきた。その困難な実証が、じつは明確にできる事例がある。 サポーターは単なる自己満足か? サポーターの様々な活動やパフォーマンスは大半が「勝利」を目指して行なわれている。しかし、プレーをするのはフィールド上の選手達であり、稀に(誤審などの)外的要因で明確に勝負がつく場合はあるが、基本的には選手達のパフォーマンスによって勝ち点は決まる。 では、サポーターの貢献は、まったく実証することはできないのか?まったく貢献がないのであれば、サポーターになれるのは「自己満足に自己のモチベーションを高め続けることができる人」だけということになる。しかし、どうやら、そういうわけではないようだ。
サポーターの価値は大きく分けると上記表のように(1)から(3)までの3つに分類される。コアサポーター同士で「サポーター論」を交わすとき、語るその意味の大半は(1)に費やされる。また、一部、パフォーマンス内容を語る際に(2)が会話に登場してくる。 「サポーターの勝利」とは何か? 「サポーターによって勝利した」その実証は困難だ。その実証の証拠として使われるのが「味方選手がサポーターのおかげで勝てた、と言ってくれた」「歌声を一番の大音量にしたときにゴールガ生まれた」「味方選手に厳しい応援をしたら、これまでにない結果が出た」「敵選手がスタンドを見て嫌な顔をした」「敵選手が、あのスタジアムはやりにくい」などの理由だ。試合後の興奮状態で語ると納得するこれら理由も、こうして落ち着いて文字で読み取ると、その説得力には一抹の不安を覚える。また、クラブの立場ではサポーターの価値を(3)でしか認めていない場合が多く、サポーターとクラブとの話し合いの場では、論点が噛み合ないことが往々にして見受けられる。 しかし、この3つの価値は独立しているのではなく、密接に関係性を持っている。そのことを理解すれば、明確にサポーターの勝利は浮かび上がってくるのだ。 「サポーターの勝利」浦和レッズの場合 浦和レッズは21世紀に入ってから強化に努め、ついに、ナビスコカップ(Jリーグカップ)と天皇杯を制覇した。Jリーグ開幕後、2005−2006年シーズン終了までリーグ制覇を達成していないが、かつて「丸の内御三家」と呼ばれた強豪の地位をようやく取り戻したことについては、異論を挟む余地がない。Jリーグ開幕からしばらく「Jリーグのお荷物」と呼ばれた弱者が、いかにして「サポーターによって勝利」したかを検証してみよう。 1990年代前半の浦和レッズがサポーターだけが売り物といっても過言ではないクラブだったが、サポーターはJリーグでも屈指と評価された。その過程においては、過剰な上下主従関係や、時としてルールを破る行為などもあったが、サポーターによる「(1)実戦的価値」(それは実証が困難、しかも屈指の応援をしてもチームは負け続けた)のパフォーマンスが生み出す熱狂が人々を引きつけていった。 そこには、声や手拍子といった純粋な「(1)実戦的価値」あるパフォーマンスをよりイメージ増幅させるために、欧州のスタジアム風景を彷彿とさせる創造性溢れる「ゲートフラッグデザイン」や「跳ねたる動いたりする」に代表される「(2)創造的価値」も加えていった。駒場スタジアムのキャパシティが小さいこともあって、スタジアムには入れないけれど「できれば、あのレッズサポーターのパフォーマンスに加わりたい」「レッズサポーターになりたい」という「サポーター予備軍」を生み出した。 そのレッズサポーターの「(2)創造的価値」にクラブも着目。クラブから発信する情報やオフィシャルグッズのデザインテイストもサポーターの「(2)創造的価値」に合致したトーン&マナーが基本となるよう整備していく。また、埼玉スタジアムを使用する際は、「アウエーサポーターの観戦エリアを極力押さえ込み、レッズサポーターが空間を制圧する」「選手入場の際の大規模なディスプレーを行なう」といったキャパシティを活かした演出を徹底して繰り返し行なった。これら「(2)創造的価値」によって、あらたな観客がスタジアムを訪れ、そこでの刺激的な価値ある体験が、また新しいサポーターを生み出す。 レッズサポーターは、当初、駒場スタジアムを聖地とし埼玉スタジアムでのホームゲーム開催に難色を示すコアサポーターが多かったが、何度も繰り返し、クラブがキャパシティを活かした演出を徹底することで、コアサポーターをはじめとするサポーター自身が埼玉スタジアムにおける「(2)創造的価値」を認めることとなる。ついには、クラブは主要試合の全てを埼玉スタジアムで開催することに成功する。こうして、クラブは埼玉スタジアムのキャパシティを最大限に活用し、入場料収入と広告収入を大幅にアップすることに成功する。そこで得た資金を有効活用し、大型補強を繰り返し、ついにはJリーグでも屈指のビッグクラブとなる。その強化の成功は高額移籍金や年俸の引きだけではなくサポーターの力も一因となっている。ついには、複数クラブの争奪戦となった日本代表候補の相馬(元読売)に「早く、あの大観衆の前でプレーしたい」と言わせるに至ったのである。
まさに「サポーターの勝利」と言える。 「サポーターの勝利」を拡大するために必要なこととは? 前述したように、コアサポーター同士で「サポーター論」を交わすとき、語るその意味の大半は「(1)実戦的価値」に費やされる。また、一部、パフォーマンス内容を語る際に「(2)創造的価値」が会話に登場してくる。実は、明確な「サポーターの勝利」を求める場合は「(2)創造的価値」がとても重要だということを意識した方が良いだろう。「(2)創造的価値」のほうが「(1)実戦的価値」よりもわかりやすく、実感しやすいからだ。ただし「(2)創造的価値」は「(1)実戦的価値」を追求するゴール裏のコアサポーターがあってこそ、その価値を増幅するために発生する。 スタジアムおける「サポーターの目に見える勝利」は、その瞬間ではなく、(1)が(2)を加え、(3)を生み出し数年後に訪れる。まさにサポーターの闘いは「長く険しい」ものなのである。 クラブが勘違いしやすいサポーター育成 クラブが考える「サポーターの育成」は「観客のリピーター化」である。招待券でもいいから一度見てくれたホームゲームに何度も足を運んでほしい(できれば年間チケットを購入してほしい)と考えているが、なかなかそれが上手く行っていないのが実情のようだ。その一因は、クラブがキャラクタービジネスとブランドビジネスを混同していることにある。 サッカークラブをビジネスに割り切って考えれば、キャラクタービジネスとしての考え方は単純だ。魅力あるキャラクター(チームカラーや選手やマスコット)をファンに気に入ってもらえばよい、という発想なのだ。その気に入ったキャラクターに、できるだけ高い価値を感じてもらってファンに購入してもらうことがビジネスのゴールとなる。ところが、これはサポーター育成とは似て非なるものである。そこに落とし穴がある。 Jリーグにおける観客のリピーター化は、つまり、そのクラブの「サポーターとなること」と、ほぼ同じ意味である。(ここでいうサポーターの定義はこちらを参照)
多くのクラブは「サポーター選択基準」の「1」「2」を強化して観客の誘引とリピーター化(さらには、より高額でのお買い上げ)を目指している。ところが、サポーターは、選手やサポーター自身を含めて「うち」と呼ぶコミュニティ(共同体)の中に存在を認めているのである。サポーター予備軍がサポーターとなる場合はコミュニティ(共同体)の中で365日(は極端であっても最低限ホームゲームの行なわれる日の何割かの日)を過ごさなければならない(わざわざ自分の評価を下げるコミュニティに所属しようとする人は稀だ。それに気づかずに誤って所属してしまう人は存在するが)。そこで、サポーター予備軍は「サポーター選択基準」の「1」「2」をサポーターとなるきっかけとするものの、実際は「サポーター合格基準」の「3」「4」を満たすこともサポーター(クラブの目指すリピーター化)となるための大きな要因となる。ここに不安を持てば、けっしてサポーター(クラブの目指すリピーター化)とはなれないのだ。 その意味において、サポーターは「(1)実戦的価値」だけでなく「(2)創造的価値」を、クラブも「(3) |
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