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トリコロールの事件簿 その2

マリーシアが巻き起こしたスタジアムでの事件の数々。1990年代から現在までサッカーの歴史には一切影響を及ぼしてはいない無意味な出来事を、ここに公開します。 

横浜初の快挙
「N」さんは小机駅の近くに住んでいる。いつのもようにガスに負けて怒り心頭の「N」さんは、すぐに帰宅した。窓から外を見ると渋滞にはまってマリノスの選手を乗せたバスが目の前に止まっている。「N」さんは「お前ら何度負けたらわかるんだ!」と罵声を浴びせた。選手はそれを見てキョトンとしていた。「N」さんは、晴れて史上初の「マリノスの選手バスに罵声を浴びせた地域住民第1号」になった。

言葉は通じる
「S」さん(超人)は、入団前の坊ちゃんが出場するアジアユースの試合を応援に東大門運動場へ行った。試合は優勢に進みながらも大きなミスが目立った。「S」さん(超人)は超人らしく叫んだ。「自決しろ!!」すると周囲の韓国人の視線が一斉に集まった。日本語の戦争用語はいまだに通じる。

容態急変
カシマスタジアムでの出来事。「I」さんはトラブルによる負傷で試合中に医務室に運ばれた。目の下を切って出血していた。マリノスベンチの横の医務室に手当が完了した。その時、大歓声が上がりマリノスが失点したのがわかった。「I」さんは頭を抱えてうずくまり「う〜。」と低い声を出して動けなくなった。医者は慌てた。「大丈夫か?痛いのか?」「どうした?何か起きたのか?」マリノスの失点のショックで動けなくなったことを知った医者達は笑みを浮かべながら「こんなサポーターがいるってありがたいことだねぇ。」と言葉を漏らした。

さよならの挨拶
「I」さんは警察の事情聴取を受けた。すっかり落ち込んで、でも興奮が冷めない「I」さんは、そのまま鹿島警察へ行くことになった。被害者として。マリーシアのメンバーはバスでスタジアムをあとにした。渋滞にはまっているときに、横にパトカーが見えた。「Iさんが乗っているかもね。」と会話してパトカーに手を振った。本当に「I」さんは乗っていた。

自分に悔しい
2002年ワールドカップ、新横浜での日の丸はマリーシア有志とある団体のメンバーとで配布された。そのメンバーの一人「D」ちゃん。彼は中学1年生だ。幸運にもチケットを手に入れて日の丸配布を手伝った。背は低いがサッカーもやっていて俊足の点獲り屋。日の丸は全国の小学生が描いたモノ。受け取ってくれる大人達の中には配布する私たちに声をかけてくれる人も多い。だが、「D」ちゃんは背が低いこともあって「君も描いたのか?」といわれてしまった。僕は中学生なのに。

乱れた
1995年。ついにカシマスタジアムで勝利を挙げた。その帰りのバスで喜びが爆発し「I」さん(超人)はバスが鹿島町の道路を通過する間、後部座席の窓から生尻を外に出していた。

負け慣れていなかったから
常に優勝争いに絡んで、常に木村、水沼がハイレベルプレーを見せてくれた1980年代から90年過ぎにかけての応援環境はJリーグが始まって劇的に変わった。そしてマリノスは勝てなくなった。Jリーグにとって史上初めてのサポーターによる監督解任要求行動は、ふとしたきっかけのもと笑顔でひっそりと行われた。それは「清水やめろ」と描いた横断幕をサテライトリーグのゴール裏席に掲出するというモノだった。しかも笑顔で。だが、それを報知新聞が撮影し裏一面にドドーンと大写しにしてしまったことから大問題になった。

行動はみんな一緒だ
いつも、スタジアムで一緒に応援している仲間だから、行動が似てきてしまうのだろう。フランスワールドカップ予選アウエー韓国戦の試合前、蚕室スタジアムの入場列もしくは試合後の退出時に、メンバーのほとんどは顔を会わせることが出来た。20名くらいはいたのに。

持ち味を発揮した
横浜ダービーマッチでコインが投げ込まれ選手が負傷するという事件が起きた。スタジアムでの暴力に反対するために、次の三ツ沢での試合でマリーシアは抗議行動を起こすことになった。トラブルを懸念するシミズスポーツは中止を要請したが、決行することに。ゴール裏の一人一人がA3の紙に暴力反対のメッセージを書いて一斉に頭上に掲げるというモノで、ゴール裏の約半分が参加した。ところが「I」さんや「N」さんが中心になってスタジアムで書いたメッセージは「小銭投げるな札投げろ!」などユニークなモノばかりだった。

中東でも人気
マリーシアの創始者トリコロール仮面は、アメリカワールドカップ予選のためにドーハへ遠征した。マリノスのフラッグは中東でも有名で「おぉ〜ニッサン」と喜ばれた。

本心がでた
「M」君はマリーシアのコアメンバーらしくほにゃらさわが大嫌い。香港まで応援に行ったシドニー五輪予選でほにゃらさわがPkを外した瞬間に、無意識のうちにガッツポーズをしてしまった。同じくスタジアムで「B」さんもガッツポーズをしてしまっていたことが後に判明。

■考えてみればわかるようなモノだった
アトランタ五輪予選はシャーラムスタジアムでの激闘の結果、サウジアラビアを下してメキシコ五輪以来の出場権を獲得した。それぞれの自宅や店でテレビを見ていたメンバー達は、きっとサッカーファンは集結するから国立競技場青山門で集まって騒ごうということになった。到着すると、メンバー達以外には誰も現れない。雨も降ってきた。拍子抜けしてメンバーは帰宅した。考えてみれば、この夜中に国立に来るような人は、今頃、クアラルンプールで騒いでいるはず。



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