malicia witness 2階の目線2006
第86回天皇杯全日本サッカー選手権

11月4日 愛媛  三ツ沢球技場

「ボールを入れるフジネイ。長谷川。ゴールの正面では柱谷。水沼が待っています。そこへ合わせるか。さぁヘッドは水沼。前に落とす。柱谷、柱谷。左脚シュート撃てるか。撃てない。回り込んだ、回り込んで、回り込んだ、水沼、水沼、水沼、みずぬまぁーシュートー!みずぬまぁー!決めたのは水沼!!水沼!」(1989年元旦/日産?フジタ延長前半9分/優勝と公式戦21連勝を決める決勝点)


さあ、シュート狙うか。水沼。決まったぁー!!!!ベテラン決めたボレーシュート!!後半29分、均衡破れました。」(1993年元旦/マリノスー読売/最後の天皇杯優勝へ歩を進める先制点)

水沼貴史は天皇杯の重みを知っている男だ。その水沼が率いる今シーズンが、ついに始まる。天皇杯の初戦。期待を無数のトリコロールパラソル、そして、バックスタンドに掲げられる横断幕(ゴール裏有志の制作)によって選手へ伝える。水沼のトリコロールならば、きっとやってくれる、そんな期待がスタンドからフィールドへ降り注ぐ。

メンバーを見る。大きく選手を入れ替えた4バック。試合前の選手紹介を見たとき考える。
「これは、リーグ優先の布陣なのだろうか。」
「それとも、このメンバーこそがベストであって、外れている選手達では勝てないのだろうか。」
リーグ広島戦の惨敗もあり、水沼の思惑は、いまひとつ見えてこない。ただし、ゴールキーパーは哲也。試合前の練習でディドのイージーボールを4本も取り損ねている達也ではない。
「きっと、このメンバーじゃないと勝てないんだよ。」
そう、思いたい。いや、そう思うということは、かなりチームの状況は悪いという裏返しだ。それはそれで、問題なのだが、そう思うしかない。

天皇杯を勝つのは巧いチームではなくて強いチームだ。
「こういう試合は、今の久保だとダメだよね。」
「まだ見ぬ強豪がわんさか出てくるからな。」
「今、天皇杯の組み合わせで安全パイがあるとしたら、名古屋、仙台、札幌しかない。」
「名古屋、仙台、札幌は頑張らないからね。」
「頑張るチームとやったら勝てない。」
「愛媛は頑張るチームだから、すごい強豪だよ。」
「頑張るチームに弱いからな、うちは。」
「っていうか、普通は頑張るだろ。」

J2以下のチームは天皇杯でのJ1との対決を楽しみにしている。

愛媛の選手が姿を現す。ブーイングがゴール裏から起きる。
「ほっとけばいいんだよ。みんなブーイングされるのを楽しみにしてるんだから。」
「無視された方が、悲しいんだから。」
するとブーイングの中を愛媛の選手はどんどん進んでくる。一列に並んでトリコロールのゴール裏に一礼。拍手が起きる。いや、拍手が起きてしまう。
「こんなことされたら、嫌でも拍手しないわけにいかねぇじゃないか。」
「畜生、一本獲られちまったじゃないか!」

「こういう試合は最初の15分が大切なんだよ。厳しくガツンとイッパツやって、相手をビビらせないとダメ。去年、まともだったのは、立ち上がりに、きちんとやったからよ。」
注目の立ち上がりだったが、消極的に、後ろにボールを下げる。このあと120分間を象徴するスタートだ。

パスが前に繋がらない。三ツ沢は、「また今年もか」というムードに包まれる。それは過剰な反応だ。囲まれていても「前向け!」と声が飛ぶ。敵陣深くでも「獲りに行け!」と激が飛ぶ。いたずらにプレッシャーを味方選手に浴びせていく。原因は見えている。それを解消しなければ試合は動かない。だが、毎年のように繰り返される悲しい三ツ沢に心を浸してしまっているスタンドから、それを冷静に見ることは、すでに難しいことになっている。

最も目立ったプレーヤーは那須だ。右に左に後ろに、大きなアクションで腕を振るって指を指し、声を出してパスの行方を指示する。
「那須!お前が動かないからパスを出す場所がないんだよ!!」
いいときの上野や奥を思い出してみればわかることだ。前線から厳しい守備を仕掛けてくるチームとの対戦であれば、中盤の底で一度、ボールを預けるて素早く展開することで攻撃の組み立てができる。ところが、今日は預けどころがない。那須が動かないので、那須にパスが通るコースがない。他の選手も同様だ。那須が動けば、愛媛の選手もついてくる。そうすれば、他の選手へのマークもずれる。まず、那須がアクションすることが必要なのだが、那須のアクションは足ではなく腕。まるで、停電の交差点で交通整理をする那須のお巡りさんのようだ。そして、その前に山瀬弟は困ってしまってワンワンワワンという雰囲気。

緊迫する空気の中で時間だけが進んでいく。水沼は動かない。フィールドの選手達は、まるで試練を与えられているようだ。対する愛媛は、動きを止めずワイドに展開する素晴らしいサッカーを展開する。広島ユース無敵時代のエースで、瀬戸内海の対岸・愛媛にレンタルされている高萩洋次郎をはじめ、広島からのレンタル組がゴールを襲う。
「巧いなっ。」
思わず声が出る。愛媛は広島ユース出身が中心なのだから、地方の弱小クラブとはちょっと違う。

終始押されたままで90分を終える。

吉田が入り、那須に何事を告げる。チームが動いたのは105分を超えてから。最後の最後のわずかな時間に、ややJ1らしさを見せるが、哲也のファインセーブがなければ、ことしも、いつものどん底感を味わって三ツ沢の坂を下っていたことだろう。紙一重で今シーズンは続くこととなった。

なぜ、天皇杯の厳しさと重みを知っている水沼はシーズン開幕戦で、このようなギャンブル布陣を組んだのだろうか。あくまでリーグの収益を重視するクラブの方針なのか。浦和戦を見据えてのことなのか。

ところが、試合後や翌日以降の水沼発言を読むと、水沼の怒りが吐き出されている。リーグ広島戦の惨敗は、予想以上にクラブにダメージを与えていたようだ。
「先週のJリーグの試合、広島戦で完敗して、少しの変化ではダメだろうと感じたためだ。」
「連覇っていつのことだよ。」

静かに夕日を浴びて、一見無駄なような時間を消費した。しかし、私達には、この時間が必要だったのだ。酷い試合をして、辛勝したけれども、まだ見ぬ強豪を倒し、次のラウンドに進んだことは確か。次戦は第二のホームの長崎だ。このキモチの整理をするのに、少しばかりの時間は必要だった。

弾まぬ会話を携えて三ツ沢の坂を下りながら、すこしづつ、今日で今シーズンが終わらなかったことの安堵感を全身に染み渡らせていった。水沼は本気で勝ちにきている。








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