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街で見かけたサッカーの記号

私たちは。常にサッカーと共に暮らしている。心の中にサッカーがあり、ボールは常に走っている。だから、私たちには見えるのだ、街に溢れるサッカーの記号が。

霞ヶ関で見つけたサッカーの記号 2005年4月
2005年シーズンは過密な日程が、私たちのサッカーを崩壊させた。ミスが重なり、セルフジャッジで窮地を創り、判定や環境に責任をなすりつけ、フィールドからは剛も美も消え失せた。だが、そんなとき、あの男が立ち上がった。再び、鉄壁のプレッシングを取り戻すために。

新横浜駅で見つけたサッカーの記号 2005年4月
人は我慢する。だが目の前の現実が変わらぬままであれば、我慢の限界を越えるときは、必ず来る。その時、新しいものを探したくなるのだ。確信が持てない不確実な想いを、確固たるものにするために。

日比谷線で見つけたサッカーの記号 2005年5月
強いクラブはセンターラインに強靭な肉体と精神を持った選手を起用する。憎きライバルに囲まれても、けっしてへこたれない新しい戦力を必要とする。さぁ歓迎しよう、強い男を。

西船橋駅前で見つけたサッカーの記号 2005年6月
伝説がある。語り継がれる男がいる。その姿は、暗雲が決して切れることの無い日本サッカーの低迷期に、まるで中世の騎士のごとく、熱き心と高貴な振る舞いで、点を指差すごとく存在だった。

アイスクリーム売り場で見つけたサッカーの記号 2005年6月
日本代表とトリコロールの要、中沢が契約延長した。欧州からの移籍打診も多く寄せられる中で、数多くある贅沢な選択肢から選んだのは契約延長。3連覇を目指すシーズンまっ最中での選択だ。

日経流通新聞で見つけたサッカーの記号 2005年8月
スペインサッカー史上、最もスキャンダラスな移籍事例の一つ、フィーゴのバルサからレアルへの移籍。「金の亡者」と呼ばれたフィーゴはレアルのメンバーとしてバルセロナでの試合に臨んだ際に、紙吹雪のように舞うバルセロニスタ手製の無数の「フィーゴ札」で手荒な歓迎を受けた。そして2005年、移籍の噂は現実に?なんと藤田俊哉を放出したジュビロがスポンサー筋を使ってアプローチしていたのだ。

新横浜駅前で見つけたサッカーの記号 2005年8月
Jリーグの問題児だったサガンが生まれ変わった。一時は昇格圏内に順位を上げ、ついには観客動員はコンスタントに1万人前後に。松本育夫監督が率いるサガンは、我が横浜の本拠に、本気で乗り込んでくるつもりだ。そして日本代表にまでも。

銀座で見つけたサッカーの記号 2006年5月
坊ちゃんは日産を捨てトヨタのCMに出演。時代は移り変わっている。水族館好きが集まるマリーシアにも想定外。イタリア・レジーナに移籍したとき、その後、footballの正統派、スコットランドに移籍するとは予想できなかった。

六本木で見つけたサッカーの記号 2006年12月
トリコロールのスポーツブランドといえばフランスのルコックだ。ファッション性も高く女性に人気がある。ルコックのショップは原宿のキャットストリートや西新宿のハルクにあるが、なんと六本木の裏手、路地を入ったところにもショップがあることを発見した。

駅広告で見つけたサッカーの記号 2007年11月
トリコロールが残留か降格かの瀬戸際で苦しんでいる時、メンバーの1人に、左右両足でクロスを蹴れるサイドアタッカーがいた。その翌年に札幌へ移籍。そして、新潟、高崎へと活躍の場を移した彼は、どこへ行ったのだろう。



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