malicia witness WM2006惨敗記
7_国境の街で明日を想う。

バスに乗りアーヘンへ向かう。アーヘンはベルギー国境から、わずか3キロの場所にある古く歴史のある街だ。オランダ国境にも近く、フランスの勢力下に置かれたこともある。ドイツ語が不自由なドイツ代表の10番ノイビルの父親は、この街の出身。20世紀モダニズム建築を代表する建築家で近代建築の四大巨匠の1人であるルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエも、この街で生まれている。明日のブラジル戦を前に、ゆったりと出来る最後の一日を、古都で過ごすことにする。

この街には、ふんだんに沸き出す温泉がある。そして、8世紀にカール大帝が王宮を置いて以来の歴史を携えている。600年間、30名の神聖ローマ帝国皇帝の戴冠式が行なわれてきた街なのだ。その舞台となるのはアーヘン大聖堂。カール大帝の指揮によって建設が始まり、カール大帝の死後は、遺骨が埋葬されている。黄金に輝くカール大帝の胸像には、実際に骨が埋め込まれて保管されている。

今では日本でもちょっとしたブームになっているユネスコの世界遺産だが、このアーヘンの大聖堂は最初に登録された12の遺跡の一つだ。


アーヘンの街並は道が狭く、傾斜と建物の間から大聖堂を望むことが出来る。どこで写真を撮っても絵になる。全体に色が暗く、重みのある建築物が並んでいる。フランクフルトやボンでは感じることの出来なかった、ドイツの強く重たい歴史を、この街で初めて実感することが出来た。そんな古い街は、ちょうど子供達のマラソン大会が開催されていて、白いお揃いのTシャツを着た子供達が、街の傾斜を、騒ぎながら走っている。市役所の前の広場はゴールになっていて、ステージが組まれ、沢山の人たちが、子供達に声援をおくっている。

4年前、2002年のワールドカップでは、沢山の外国人が日本にやってきた。そのとき、彼らは、こうやって日本の古い街、例えば、京都や鎌倉、奈良、萩、などから、日本の歴史の積み重ねを感じ取ってくれたのだろうか。アーヘンの街は、観光のメインスポットではないために、ツアーなどで訪れる日本人は多くないそうだ。今回も、私たち一行以外に、日本人と遭遇することはなかった。だが、こういう小さな地方都市にこそ、その国の文化が集約されているのだ。日本代表を応援するために海外への遠征をする際には、ぜひ、試合会場だけではなく、このような古都を訪ねてほしい。

昼食は新市街にあるイタリアンレストラン。ドイツに来てイタリア語で挨拶をするなんて不思議だ。食事をして会話が弾むと、明日のブラジル戦が気になってくる。こうした歴史的な街にいると、逆に、ふと、日本や日本人について考えてしまうことがある。なぜ、日本人は、大きな国際舞台で日本人らしさを見せることが出来ないのだろう。


バスでの移動の間に考えた。ワールドカップを肌で感じると、いつも日本国内で見ているJリーグに物足りなさを覚えてしまう。それはビッグネームがいないとか、技術的に劣るとか、そういった問題ではない。一言で言えば、Jリーグは「甘い」し「過保護」なのだ。代表の試合をスタンドで観戦する日本人達を蔑んでいるJリーグ各クラブのサポーターは、実は世界標準を知らずにテレビに映る世界を自分たちの世界観で解釈しているだけに過ぎない面がある。それゆえ、ときに「クラブ第一主義」が、「過保護」に繋がる。「Jリーグは審判に問題を抱えている」と言う考え方、これも、いたずらに選手を守る「過保護な口実」に過ぎない。今大会を見ればわかるように、Jリーグと違って、フットボールにおいては安易に倒れる選手は少ない。それは「簡単に倒れることは恥ずかしい」という暗黙のルールがあるからだ。それがフットボールの本質を守ることであり、フットボールの質を下げないための約束事でもある。Jリーグにおいては、その約束事を、選手、審判、サポーターがプロミスできていない。だから、簡単に選手は倒れ、反則をアピールするのだ。審判はやむを得ずファールの判定をし、サポーターが騒ぐ。この「過保護のスパイラル」は、Jリーグの特徴とも言えるくらいに顕著だ。そして、それが、世界で闘う舞台において、ひ弱さに繋がる。帰国後に話をした、マリーシア・コアメンバーの1人、まきちゃんによると、ブラジル人サポーターでさえ「もらいにいってもらったファール」に対して、大きな喜びの歓声を挙げることは稀なのだそうだ。チャレンジをして得たフリーキックとは、あきらかに反応が違う。

宿泊地のデュッセルドルフに戻る。体格が日本人とは大きく違わず、よく比較対象となるメキシコが、ポルトガルに敗れた。街には、いつもより、やや深くソンブレロを被った人々が、陽気さを取り戻せずに歩いている。昨日はイングランドースウェーデンに盛り上がっていたライン川沿岸だが、今日はドイツ人の数が少ない。どうやら、オランダ、アルゼンチン、両方ともに、ドイツ人の好みのサッカーではないようだ。



勝利したポルトガル、敗れたメキシコ。デュッセルドルフの街には、やや哀しげなソンブレロ姿が多く見られた。

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街には硫黄の匂いが漂い温泉が湧いている。


アーヘンの市街には様々な柄にペイントされた馬が置かれている。他の街にはサイなど、別の動物が、街それぞれで置かれている。


小さな広場には、彫刻で飾られた噴水が、かならずある。


何度も増築されたため、各年代の流行の建築様式でつぎはぎになっているアーヘンの大聖堂。


荘厳な内部は、訪れた者を圧倒させる。


ロココ建築の傑作、アウグストゥスブルク城。


階段の間は圧巻の素晴らしさだが写真撮影は禁止。ここも世界遺産に指定されている。


デュッセルドルフに戻る。ライン川の手前はテラスあり、立ち飲みあり、レストランありの飲食店街。いつでも賑わっている。



再びライン川へ。大型テレビの裏側にも同じサイズのテレビが設置されている。だから、ずっと向こうまでビアホールは続く。


ここにくれば、必ず誰かと友達になれる。いや、ワールドカップに脚を踏み込めば、誰もが友達になれる資格がある。

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