malicia witness FIFA女子ワールドカップドイツ2011
私たちの夢は現実になった。世界一だ。



試合が始まり、岩清水があっという間にかわされてゴールネットを揺らされる。しかし、これは無効。飛び跳ねて喜んだ米国人達は一瞬の歓喜だった。
「心臓が止まりそうになった?」
隣の米国人が声をかけてくる。試合中も大声を出しての応援と、時折り会話。こうして90分間が進んでいく。米国の優勢が圧倒的であることは間違えない。試合前の監督記者会見では、米国のポゼッションが話題になっていたが、米国は、なでしこにボールを持たせている雰囲気。守備をがっちりと固めていて、バイタルエリアに、なでしこは侵入すら出来ない。それゆえ、なでしこのパスが前に進まない。バックラインと海堀のところでボールが止まる。最初は大人しく見ていたドイツ人の観客だが、再三繰り返されると、消極的な姿勢にブーイングが起こる。気の毒なのは海堀で、パスが足下に来る瞬間にブーイングを受ける状況。つまり、ドイツ人は、素直に面白い、世界一のサッカーを見に来ているのだということがわかった。日本びいきと予想されたスタンドの雰囲気は圧倒的な米国寄りのムードで進む。

試合の内容については、他に多くのメディアが報じているので、ここでは書かない。ただ、二つのことだけは書いておきたい。米国はとてもなでしこのサッカーを研究してきた。鮫島、近賀がオーバーラップすれば、必ず、その裏のスペースをカウンターで突いてきた。特に15番のラピーノは技術とスピードを活かして、何度もディフェンスラインを脅かした(というか、完全に崩し切っていた)。さらに、米国の動き出しの早さはテレビ中継では伝わっていなかったかもしれない。攻めの動き出しだけではない、守備においてもだ。なでしこの選手達がディフェンスラインの裏に抜けようと走り出すと、すかさずスペースを埋めにくる。前半に近賀がオーバーラップでディファンダーを振り切ったのは、攻撃に結びついた終盤の1つと、ボールが来なかったもう1つだけだった。

ドイツ人の観客がなでしこに戻ってきたのは70分を過ぎてから。米国の中盤に押し上げが不足してくると、なでしこのパス回しが冴えてくる。見事なパスが連続して繋がりシュートに結びつけば、スタンドから大音量の拍手と歓声が降ってくる。そして、スタンドで大きな声を張り上げて応援し続けた日本人の行動にもドイツ人は共感してくれたに違いない。徐々にピッチ上もスタンドもなでしこの時間が増えてくる。

延長戦に入ると、多くの米国人は応援することに疲れてしまった。不安そうにピッチを見つめるようになる。例えリードを奪っても、序盤のような雰囲気にはならなかった。あと数分間を守り切れば良いというのに、どこかなでしこに怯えているように見えた。といっても時間は無い。米国のGKが倒れて時間が進む。ここでぽっかりと集中力に穴があいたようだった。米国選手の集中力に穴があいただけでなく、スタジアム全体が、なぜか緩んでしまったのだ。試合後に多くの日本人と会話をしてわかったのだが、どのようなゴールが決まったのか見ていなかった人が多かった。

ゴールネットが揺れるのを見てゴールを理解しただけだった。私自身も、宮間のコーナーキックを「へんな間合いで蹴ったな」と思った。その直後に歓喜がやってきた。あの間合いが宮間の技なのだろうか。そして、澤のシュートを信じられないコースと表現する人が多いが、実は澤スペシャルといっていいほどの得意のシュート。難しはずのシュートなのだが、なぜか、彼女はあのカタチで何度もゴールを奪っている。

試合終了間際に大ピンチを岩清水が防ぐ。身を投げ出してのスライディングはファール判定。僅かにペナルティエリアの外。レッドカードが示され一発退場となる。そのとき、なでしこベンチはみなが立ち上がり、ピッチギリギリまで出て岩清水を迎えた。彼女のプレーをねぎらった。もしスライディングしなかったら、ゴールを奪われ米国が優勝していただろう。ファール判定されたとはいえ、その勇気を称えずにいられなかった。そして、主審(ドイツ国籍)にドイツ人たちはブーイング。「なぜ岩清水を退場にしたんだ」と、スタジアムは抗議に包まれた。コールの声は米国人に圧倒されるが、スタジアムの空気はなでしこが掴んでいた。ゲームは圧倒されるシーンが多く、同点でいることが不思議なくらいだったが、ドイツ人の心をつかんで120分を終えた。

PK戦に入ると異変が起きる。米国のPKキッカーにドイツ人はブーイングをするのだ。多くのドイツ人がなでしこの勝利を望んでいる。そう確信した。熊谷の大胆すぎるPKが放たれた瞬間に優勝を確信(あの高さに蹴るとは、なんと大胆な!)。ベンチから選手が飛び出してくる。大歓声が起きる。ついに、日本が世界の頂点を掴んだ。その瞬間、涙がこぼれた。でも溢れなかった。なぜだろう。優勝候補の一角だったとはいえ、今まで、日本がワールドカップを制覇することなど、リアリティをもって予想したことが無かった。そのせいなのか、夢のようなふわふわした心地で、なにか実感が湧かないのだ。ただ、冷静でいた訳ではなく、手が震えた。カメラからこぼれ落ちた電池を入れ直すことが出来ず、椅子に座って落ち着くのを待つことにした。

周囲の米国人は「おめでとう」と言ってくれる。華飾りをくれる人、写真を撮ってくれる人、皆が祝福してくれる。みな、遠く極東の日本から、この試合のためだけに日本人が来たことに驚いていた。一方、私は、メジャースポーツではない女子サッカーを応援するために、これだけ多くの米国人が詰めかけていることに驚いていた。だから、お互いにリスペクトがあった。お互いの健闘を称え握手をした。「いつか、また会おう」と誓った。次はカナダ大会の決勝戦だろうか。私の後ろの席の女性は米国プロリーグ時代の澤をお世話したことがあるのだという。米国は敗れたが、個人表彰で「ホマレ・サワ」の名前が呼ばれるたびに歓声を上げていた。そして私は、澤穂希だけにではなく、彼女にも拍手を贈った。

いよいよワールドカップを掲げる。金の紙吹雪が舞う。世界一の証しが、プレイング・レジェンド・澤穂希の手で高く掲げられたとき、私の周囲の米国人はピッチ上のなでしこたちと、私に拍手をしていた。私は、一人一人に「ありがとう」とお礼を言った。

ビクトリーランを一周終えると、スタンドに残る人は少なくなった。ピッチ上では歓喜が続いている。私はフェンスを乗り越えるとメインスタンド中央のVIPエリアへ。着物姿だということもあって中央最前列を譲ってもらえた。佐々木監督が深々と頭をスタンドに下げるのが見える。私は何名かの選手と言葉を交わす。特徴的だったのは、途中交代で出場し、途中で退いた丸山までもが満面の笑顔だったこと。負けず嫌いの彼女が、心の底から優勝を喜んでいる。気を聞かせてくれたのか、丸山が岩渕を誘って私のカメラにポーズをとってくれている。嬉しそうな選手達。でも、何か日常的すぎる、なでしこリーグの試合後のシーンのようにも見える。彼女達が自然体なのか、それとも、何が理由なのか、逆に世界制覇の実感が遠のいていく。でも、優勝したのは間違えない、夢ではない。出会う日本人と数えきれないほど握手をする。

もう24時を回っていただろうか、スタンドから外で仲間と再会する。コールとチャントが続く。盛り上がる輪の中央に、日本人以上に盛り上がるドイツ人がいるではないか。私を見かけて早口に話しかけてくる。凄い興奮状態。あっけにとれたが見てみると、私がプレゼントしたマフラー。スタジアムに行く途中で私がプチ買収した3人ではないか。宴はいつまでも続く。

場所をフランクフルト中央駅前のアイリッシュパブに移しての祝勝会。私の電話が鳴る。日本からだ。前回のFIFA女子ワールドカップ中国2007のアルゼンチン戦を上海で一緒に観戦した仲間からだった。この電話での会話の最中に、不意に涙が溢れ出し止まらなくなった。

4年前、一次リーグで敗退した時、今日、この日の歓喜を誰が予想できただろうか。でも、今日、フランクフルトにいる日本人だけが、なでしこを応援したのではない。日本でテレビ観戦をしている人、一次リーグや、準決勝、準々決勝をスタンドで応援した人、前回大会をスタンドで応援した人、みんながなでしこを応援してきた。そして、メディアや地域の少年サッカーチムの指導者を含め、全ての関係者の努力が積み重なっての成果だ。誰もが世界制覇を夢見てきた。同じ夢を追いかけていたとはいえ、このパブで初めて会う日本人も多い。どこの誰だかわからないけれど、一緒に世界制覇を成し遂げた仲間だ。店主が気を利かせて「伝説のチャンピオン」をかけてくれると大合唱となる。この試合のために日本から駆けつけた人、ドイツ国内在住の人、欧州各国から駆けつけた人、留学中の人、駐在の人、たまたま旅行をしていた人、いろいろな日本人が、今日、スタンドで日の丸を掲げていた。そして、その数よりも、ひょっとすると多くのドイツ人がスタンドで日の丸を掲げていた。夢は現実となる。ついに日本はサッカーで外国から愛される国になった。

(文中選手の敬称略)
































世界一を決める一戦。もの凄い数の取材陣だ。


このスタジアムが、記念すべき日本の世界一の舞台となった。


隣の席だった米国人サポーターと記念撮影。どうしても欲しいということだったので、扇子をプレゼントした。。


優勝インタビューに応える澤選手。


ピッチの上では歓喜する選手達。本当に日本がサッカーで世界の頂点に立った。


カメラにポーズしてくれた丸山、岩渕。


フランクフルト中央駅前に戻ってきた日本サポーター。祝勝会は朝まで続く。月の明るい夜に、フランクフルトでニッポンコールが響き渡った。こんなことが許されるのも世界一だけ。

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